「な、何するんだ!」


声を荒らげる少年。

しかし少女は、そんな声など気にもとめず、少年を見詰めた。


「な、何だよ……」


自分を見つめる藍色の瞳に、思わず声が上擦る。


「素敵なもの、残してくれたじゃない」

「な、何だよ、素敵なものって……」

「これ……」


そう言って、少女は少年の胸に顔をうずめた。


「ほら……トクントクンって、あなたの命の音が聞こえる」


聞こえてくる心音に、少女は瞳をとじた。


「ご両親は、あなたを残してくれた……」


そして手を回し、少年を優しく抱き締める。


「辛いこともあるけれど……楽しいこともあったでしょう?」

「それは……」

「瞳をとじてみて……」

「え……う、うん……」


少女に促され、少年も瞳をとじた。


「この胸が覚えてること、思い出して……」


少女の静かな声が、少年の中に広がっていく。


「きっと、あなたにも温かな記憶があるはずだから……」


(温かな記憶……)


少年は、心の中でつぶやく。


(僕の心の奥底には……)


蘇る思い出。

辛かったこと、悲しかったこと。

それらは奔流(ほんりゅう)となり、少年の中を抜けていく。

様々な想いが吹き抜けたあと、そこに残されたものは──


(父さん……母さん……)


おぼろげながらも浮かび上がる、幼き頃の記憶。

3人で見た真っ赤な夕日。

夕日に照らされて、全てのものが温かな色に染まる。

振り返ると、そこには長い影が伸びていた。


『それっ!』


少年を持ち上げ、肩車をする父。

大きな体、伝わるその温もり。

無邪気な笑顔を見せる少年に、優しく微笑む母の顔。

あの頃は、何気ない日常が幸せだった。