「いい季節だな……」
少年は目を細めながら、羽の首飾りをそっと握り締める。
そして、その首飾りを目の高さまで掲げた。
白い羽は優しい風を浴び、静かにはためいている。
「幸せを呼ぶ白い羽……」
つぶやく声は、青空の中に吸い込まれていく。
しばしの間、首飾りを眺めていた少年は、やがてそれをそっと胸元に戻した。
そして、傍(かたわ)らにあった小石をつまむと、空に向かって放り投げた。
真上に投げた石は、寸分違わず少年の元に落ちてくる。
それを受け止め、また空に投げ返す。
面白いわけでもないが、ついやってしまうことだった。
8回目のやり取りのとき、不意に強い風が吹き抜けた。
「うわっ!」
いたずらな風は長い髪を巻き上げ、少年の視界を遮る。
「あっ、しまった!」
それは微妙に手元を狂わせて、結果的に小石はあらぬ方向へと飛んでいった。
宙を飛ぶ小石は放物線を描き、しばしの後に……
チャポン──
という音が響いた。
小石が、沼の中に吸い込まれた音だった。
この大湿原には数多くの沼が存在する。
その多くは底に柔らかい泥が溜まっており、踏み込むと足が取られ、ゆっくりと体が沈んでいく。
いわゆる底なし沼というやつだ。
そしてそれは、この街道沿いにいくつもあった。
むしろ、底なし沼の上に道があると言っても過言ではない。
普通に考えれば、この街道を利用する者はいないだろう。
底なし沼に落ちる危険を、わざわざ冒すこともない。
南門から伸びる街道は草原にあり、そちらを進む方が賢明である。
だが、それでもこの道を利用する者はいた。
フェンネルの街の北には自由都市サントリーナがあるからだ。
豪商たちの手で統治されるこの街は、商業都市としても名高く、多くの儲け話が溢れている。
そのため北の街道は、サントリーナへと向かう近道として、時折利用されているのだった。

