そのとき──


「おっと!?」


背後にいた少年とぶつかりあった。


「ああ、すまない」

「いえ……」


夫の短い謝罪に、少年も短い言葉で答える。


「あなた、早くー!」

「ん……ああ、今行くよ」


少し先で呼ぶ妻に笑顔で応えたあと、夫は再び視線を戻した。


「……うむ?」


その口から、疑問の声が漏れる。

そこには、すでに少年の姿はなかったからだ。

辺りを見回しても、どこにも見当たらない。

まるで、白昼夢でも見ている気分だった。


「あなたー!」


再び妻が呼ぶ。


「ああ、わかったわかった」


夫は少年との出来事を頭の隅に追いやると、笑顔で妻の元へ向かった。


「どうしたの?」

「いや……何でもないよ」


夫は笑う。


「それじゃ、行こうか」


そう言うと、再び歩き出した。

途中、一度後ろを振り返ったが、やはり少年の姿を見ることは出来なかった。