マンションのエントランスの前に着いてしまった――。



「送ってくれてありがとう」



このまままともに話さないままお別れしたくない。


だけど臆病な私はお礼を言うと、何も言えなくなってしまった。


そんな私をジッと見下ろしている薫君。


私がマンションに入るの待ってるのかな――。


離れたくない――まだ一緒にいたい――。



『今日は悪かった』

「――え?」

『お前の都合も聞かねぇで連れ回して悪かった』



“お前”――。


些細な事かもしれないけど、私にとっては凄く大切な事。



「乃愛、だよ――」

『――――』

「お前なんて嫌――名前がいい」



目を見れなかった。


俯いて下を向いている頭に大きな手が乗っかった。


たったそれだけの事なのに、胸が苦しくて泣いてしまいそうだった。



『まだ時間平気?』



私は重たい頭を頷かせた。



『久しぶりに二人で話すか』



また私は頷いて返事をした。


声を聞かれたらばれてしまう気がした。


嬉しい気持ちや不安な気持ち――私の素直な気持ちが――。