「幸埜<ユキノ>、」


俺がそう呼ぶと、彼女はパサパサの髪を揺らして振り向いた。


「君の幸せって何?」


小汚なくて、少年に身間違えるような容姿。
日焼けした肌に、白目が鮮やかに浮いている。


「さぁ?」


唇を尖らせて、幸埜が応えた。


「じゃあ、佐々来<ササライ>の幸せは何?」
「わからないから聞いているんだ」
「そうなの?」
「うん」


幸埜は笑った。

此処に来て、俺の価値観は大きく揺れた。
14歳の少女の方が、地に足を着けてしっかりと歩いているように思える。
以前は、なんて答えただろうか。


「“私たち”は、そんな未来のことなんてわからないよ。今、必死に生きるしかないんだもの。今日生きなきゃ明日がない。それが毎日続くの」


“生きる”ことが毎日続く。
それは、とても当たり前のことのようで、だけど、以前はそんな当たり前のことすら考えなかったことに気付く。


「そうだな。それは不幸なことじゃないかもしれない。不幸じゃないことが、私たちは幸せなんだよ、きっと」


その答えはとても曖昧だった。
曖昧だけど、とても確かなもの。


「難しいことなんて考えないで、佐々来。あんたは頭がいいけど、此処じゃ無意味だよ」
「そうかもしれないな」
「うん」


笑った彼女は、本来持つべき少女の顔になった。





それは、とても魅力的だった。



*****

親に棄てられたスラムの子供たち。
いつか描きたい話。


201207