私が初めて利也さんに会ったのは、入社して間もない頃。
秘書課に配属された私と美乃ちゃんは、慣れない業務に辟易し、疲れ切っていた。
新人ゆえの甘さなんて認めてもらえないスパルタな部署。
世間一般のイメージからはかけ離れた忙しい部署の中で、心身ともに限界だった。
役員の名前を覚えるなんて当たり前で、各部署の業務内容と、課長以上の社員のフルネーム暗記。
会社の顔だから、会社の事情には精通しなくてはだめだと、言われれば理解できるけれど、それは大変なことで。
『もうやだ』
美乃ちゃんは、お昼休みに私を連れて会社を飛び出した。
そして、利也さんのカフェに初めて行った。
『そろそろ泣きついてくると思ってたぞ』
驚くでもなく、いたわるような言葉で美乃ちゃんを励ます利也さんを見た瞬間に、気持ちは持っていかれた。
カウンターの向こう側にたたずむその姿に、瞬きすら忘れて見入ってしまった。
『美乃の事、よろしくね』
私の事は、単なる美乃ちゃんの同僚だとしか思ってもらえていないとすぐに理解したけれど。
ドキドキする鼓動は止められなかった。
端正な横顔に惹かれる自分に気づいて、どうしようもなかった。
一目ぼれだと自覚した途端に。
『一応、私の婚約者って事になってるんだ』
秘密を打ち明けるような美乃ちゃんの笑顔が、私の思いを凍らせた。
あの日からもうすぐ二年。
そろそろ限界だ。友達の婚約者を思う事にも疲れてしまった。
どんなに私に優しくしてくれても、それは美乃ちゃんの存在があるから。
全ては美乃ちゃんを通じての優しさ。
もう、わかった。いつまで思っても、私の思いはつらいだけだ。
諦めよう。
隣でお酒を飲みながら私を見つめている利也さんの事。
好きな気持ちを捨てよう。
そう決めて、好きな気持ちに蓋をして、最後に過ごす夜を楽しもうと決めた。
今夜限りの恋。それでいい。

