濠。濠。濠……そう心の中で何度言ったかわからない。 離れ離れになった長い時間を、その名前を呼びかける事でどうにか乗り越えてきた。 私の声をちゃんと聞いた事のない濠に、ちゃんと呼びかけてみたい。 名前を呼びたい。 そう強く願って過ごしてきた日々が、今こうして結実した。 カウンターで食事をしていた濠は、背後を通った私から香るバラの香りに気付いた途端、必死で私の腕を掴んだ。 忘れられなかったというバラの香り。 入院中、濠が好きだと教えてくれたバラの香り。