「彼は、私に意地悪で、冷たくて、いつも『邪魔だ』っていう仕草で私を睨んでたんだ。自分の殻に閉じこもって、将来を悲観して、どうにでもなれって言う感じで荒れてた。
彼……耳の病気で聴力が落ちてたし、話せなかったの」
初めて、その時の事を口にした。
高校、大学と、親しい友達にすら濠の事を詳しく話した事はない。
つらい思い出だというわけでもなく、忘れたいだなんて思った事はないけれど、自分の中にひっそりと隠しておきたい大切な時間だから、なかなか口にする事はなかった。
濠との事は、宝物のように大切に心の中で育ててきた。
だから、今こうして山崎くんに話している自分にも驚いている。
人ごみの流れに沿うように、ゆっくりとお店に向かって再び歩きながら、ぽつぽつと言葉を続けた。
じっと耳を傾けてくれる山崎くんは、複雑そうな顔をしている。
そりゃそうか……。
「あ、聞きたくないかな……」
「いや、聞かせて欲しい。透子ちゃんが、そんなに幸せそうな顔をするの、初めて見たから、その男の話、聞きたい」
「え、幸せそう……かな?」
「ああ。まさに恋する女って顔してる。普段の子供っぽい透子ちゃんは作り物なんじゃないかと思うくらいに、いい女」
くすくすと笑う山崎くんの言葉に、一瞬言葉を失って、一気に私の顔は熱くなった。

