それは一年半前の4月の事だった。昇二は防衛大学を卒業と同時に陸上自衛隊に任官、その月に新設されたサイバー空間防衛隊に配属された。初出勤の日の朝、東京23区の東端にあるアパートの一室で、昇二は突然腹の上にのしかかった重さで目を覚ました。顔のあたりの布団をはねのけて頭を起こすと、もうスーツに着替えた篠原瞳が昇二の腹の上の布団に座り込んでいた。
「い、いてて。何すんだよ」
「何って、起こしてあげたんじゃない。新しい勤務先は確か新宿の方じゃなかった?そろそろ出かけないとまずいんじゃないかしら?」
 そう言われてベッドのまくら元の置時計を見るともう七時を少し回っていた。昇二はあわててベッドから跳ね起きた。瞳はぴょんとベッドから飛び降りながら言う。
「どう?目は覚めた」
「ああ」
 昇二は洗面所へ向かいながら、仕返しのつもりで答える。
「とっても重い物が乗っかってくれたおかげで、バッチリ目が覚めたよ」
 笑いを含んでそう言った昇二の背中に瞳が新聞を投げつけた。床に落ちた新聞を拾うと、1面の下の方に「自衛隊サイバー空間防衛隊、今日発足」という見出しの記事が見えた。歯を磨き始めた昇二にタオルを手渡すと、瞳は小さなショルダーバッグを担いで言った。
「じゃあ、悪いけどあたしは先に出るよ。今日は埼玉新都心まで行って来なきゃいけないから」
「民間の会社も大変だな」
「あたしみたいな高卒組は外回りっていうと真っ先に回ってくるのよね。昇二は金曜まで泊まり込みなのよね」
「ああ、今日からまる五日、駐屯地に泊まり込みで特訓だ。金曜の8時までにはここへ戻れると思うけど」
「でも、サイバー空間防衛隊なんて、かっこいいじゃない。へへ、みんなに自慢しちゃおっと」
「おいおい、変に言い触らすなよ。それに瞳が思ってるほど大層な仕事じゃないぜ」