「…ばいばい」
すれ違う瞬間、彼女はポツリとつぶやいた。
俺はごくりとつばを飲み、振り返る。
…挨拶してくれた。
俺なんかに、ばいばいって言ってくれた。
きっと、お愛想なのだろう。
わざわざ側に来てくれたわけじゃない。
くずかごから店の裏口までの間に俺が立っていたから、気まずくて挨拶しただけだ。
なのに、俺は胸が苦しくなるほど、嬉しかった。
だって、本当なら、無視されても文句は言えないくらいの関係なのだから。
「…さ、坂下!」
俺って、単純なのかもしれない。
これからは、悟のことも馬鹿に出来ないなと思った。
「この前、大丈夫だった?」
バイトに戻ろうとする彼女を、引き止める俺。
こんな奴から心配されても、彼女は迷惑に思うだけだろう。
だけど、振り向いた姿を見ていると、あの頃に戻ったような気持ちになってしまう。
俺は手に汗をかきながら、立ち止まった彼女の側へゆっくりと近づいていく。