外が暗くなり始めた頃、健太郎は帰る支度をして、沙代の部屋を出た。
「沙代んちの階段、下りにくいねん」
「後ろから蹴ったろかぁ?」
「あほかっ」
2人はじゃれ合いながら、階段を下りていく。
すると、賑やかな声に気付いた沙代の母親が、台所からスタスタと歩いてくる。
「健ちゃん、もう帰るん?」
ひょこっと下から顔を出す母親。
「はい!おじさんが帰ってくる前に、帰った方がええかなと思って」
健太郎はスッと姿勢をただして、ニカッと微笑む。
沙代は後ろで、猫をかぶる彼に呆れていた。
「ほんまになぁ…。お父さんには“良い子やで”って言うてるんやけど」
母親はエプロン姿で苦笑いをしながら、玄関まで見送りに行く。

「ほんま、お前のおばちゃん…ええ人やでなぁ」
外に出ると、健太郎は家の門に手をついて、踏み潰していたカカトを直していく。
「お母さんは、あんたの顔が好みなだけやで」
ミーハーな母親は、健太郎の顔を初めて見たときから、“ちゃん付け”で呼んでいる。
「どうする?俺がおばちゃんに行ったら」
お調子者の彼は、ニヤニヤと笑いかけてくる。
「お父さんに殺されるで」
沙代はシレッと、彼の弱みを口にした。
健太郎は、沙代の父親が苦手。
案の定、彼は目を細めて、苦笑いをした。
うっすらと月を浮かべた空の下で、2人はいつもの別れのキスをする。
「また明日なぁ」
彼は大きく手を振りながら、自分の家へ帰っていった。