「沙代っ」
翌朝、久しぶりに登校した沙代を見て、由加は驚く。
学校に来るまでの間、数人の生徒が沙代を哀れんだ目で振り返ってきた。
“可哀想やな”
“あの子が彼女やろ?”
全て…人事。
沢山の同情を浴びた沙代の表情は、かたく凍っていた。
「大丈夫なん?…出てきて」
机の横に鞄をかけていると、明美が心配そうに声をかけてくる。
沙代は、小さく微笑み返した。
何もなかったかのように授業が始まり、1日が動き出す。
明美と由加は、周りの視線から守るかのように、そばにいてくれる。
沙代は平静を装って、授業を受けていた。
しかし、頭の中に何も聞こえてこない。
教卓に立つ教師、黒板眺める生徒たちの背中、全てが影が落ちたかのように見えてしまう。
休憩時間や昼休みのにぎやかな笑い声も、耳障りな騒音になる。
自分の学校生活の大半が、健太郎を中心に回っていたのだと、改めて気づく瞬間。
「井上!」
放課後になり、教室を後にしようとする沙代に、担任の教師が呼びかけてくる。
「受験前に、精神的に辛いやろうけど…頑張ろうな」
複雑そうな表情を浮かべて、教師は声をかけてくる。
沙代は、その言葉に歯を食いしばった。
…受験、受験。
父親も担任も、健太郎の死より…受験を心配している。
…嫌い。
みんな…大っ嫌い。
沙代は担任の教師をきつく睨みつけて、何も言わず…その場を去った。