交通事故を興味本位で見物する人だかりの中、1人の男性が救急車を呼んでくれた。
「怪我は!?」
知らない人が、体を揺らしながら問いかけてくる。
自分のことなんて、頭にはなかった。
「何?…事故?」
救急車がたどり着いたころには、先ほどよりも多くの人が歩道に集まっている。
沙代は、沢山の視線の中、何度も何度も健太郎の名前を呼び続けた。
だが、彼の体は重たく、声すらも聞けなかった。
彼が車内に運ばれる、まるでテレビのワンシーンのような光景を、呆然と目で追う。
救急車の大きなサイレンが耳にこびりついて、思考回路は余計に混乱していた。
車内の中で、沙代は慣れた手つきで治療をされている。
この人たちから見れば、あの見物していた人たちから見れば、よくある事故なのかもしれない。
健太郎の姿は数人の救急隊員に囲まれて、よく見えない。
訳のわからない言葉が激しく飛び交う中で、沙代は震えながら…隙間から見える健太郎の体を眺めていた。

「健太郎っ!!」
病院に運ばれた頃には、もう…彼は息を引き取った後だった。
「いやぁぁ…あああぁ」
真っ暗な部屋で、沙代は呆然と突っ立っていた。
目の前では、彼の母親が荒々しく泣き崩れている。
その隣で、初めて会う彼の父親は、静かに身を佇ませ、一筋の涙を頬に流していた。
沙代は、幸いにも…軽傷で済んでいる。
だが、まるで…悪い夢を見ているかのようで、何も考えられなかった。
沙代は、ベッドの上で眠る彼に、少しずつ…近づいた。
血色のない唇、呼吸を失って…動かなくなった身体。
「…健太郎」
沙代はかすれた声で呼びかける。
そして、小刻みに震える手でそっと手を握った。
…ひんやりとした肌。
その冷たさを感じた瞬間、沙代の表情はもろく崩れ、目から涙が溢れた。