「なぁ、沙代ぉ」
機嫌を悪くする度に、彼はいつも…こうやって子供みたいに甘えてくる。
「もう、暑苦しいって」
「ちょうど良いやろ。今、冬やし」
絡みつく腕を振り払っても、彼は再度…体を覆うかのように、背後から抱きしめる。
うんざりした表情を浮かべる彼女の名は、井上沙代。
黒い髪に落ち着いた身なりをした、少し気が強い女の子。
彼女の髪に顔をうずめて甘えているのは、笠井健太郎。
沙代とは正反対で、明るい髪やだらけた服装をした、元気だけが取り柄な男の子。
2人は、中学を入学した頃から付き合っている。
なぜ、今…彼女が腹を立てているのかというと、それは健太郎が他の女子にメアドを教えたから。
「和田さんと温め合ったら?」
沙代は、彼を冷たく払いのけ…立ち上がる。
そして、少し離れた場所に移動して、また座り直した。
「だからな、断りにくかったんやって」
健太郎は困った顔で、両手を合わせて謝罪する。
「断りにくかったら、教えんの?ほかの女とメールするん!?」
沙代は、部屋中に響き渡るかのような大声で怒鳴り散らし、手元にあったクッションを彼に投げつけた。
「だからメアドも消したし、和田にも言うたから。…もう許してって」
クッションを投げつけられても、健太郎は必死に謝り続ける。
沙代は眉間にしわを寄せたまま、深いため息をついた。