吐息が掛かるほど距離が近づけば、弓月はともかく、乙矢に意識するなと言うほうが無理というもの。

乙矢は必死で弓月から体を引き剥し、這うように距離を取った。そのまま左手を畳に突き、どうにか平衡を保つ。この時の乙矢に十七歳の少女の淡い想いなど察する度量はなく。自分のことで一杯一杯だった。


まさか弓月が、差し伸べた手を冷たく払われ、それはまるで、おゆきの死を責められているようにも感じていたとは……。
乙矢には思いもしない。



弓月に、再び近づく勇気はなかった。

そんな動揺を隠すように、擦り切れた畳みの上に正座して、膝の前に両手を揃える。


「それは、我が遊馬家も同じでございます。『青龍一の剣』を奪われた挙げ句、ご存知の通り、我らは謀反人として手配されております。乙矢殿、どうか我らにお力をお貸し下さい。お願い申し上げます」


そのまま、弓月は静かに頭を下げた。


「貸したいのは山々ですが、一矢ならともかく、俺自身はこの様です。刀を抜いたと言っても、どうやったのか覚えてないし……。今だって、皆の足手まといでしょう?」

「それでも構いません! あ、いえ、足手まといと言うわけではなく。乙矢殿のことは、私がお守り致します。ですから」


直後、乙矢は咳払いを一つして口調を元に戻した。 


「弓月殿。俺は一矢じゃない」

「わかっております」

「本当に違うんだって、本気でわかってんのか?」


その強固な否定は、単に違うと言うだけの気配ではない。