弟矢 ―四神剣伝説―

『新蔵! その女を斬れっ! 生きて返してはならぬ』


長瀬の命令に新蔵は刀を抜くが、


『駄目だっ! 斬ってはならぬ!』

『しかし、姫っ』

『新蔵、刀を引け。長瀬も……おゆき殿を逃がしてやるのだ。乙矢殿の、いや、私の命令が聞けぬか!』


二人は仕方なく刀を収めるが、乙矢の事態はそれどころではなかった。


『これは……附子(ぶす)毒の症状ですね』


凪の声音が深刻なものに変わっていく。


『それは、強い毒ですか?』

『北国では熊を殺すため、矢毒に用いられるというもの。いささか厄介な代物です』

『く、熊だと……解毒の薬は?』

『ございません。少しでも毒を出しましょう。腕を落とすのが確実ですが……。乙矢どの右腕には、我らの命運を託さねばなりません。毒が抜けるまで、心の臓が持つことを願いましょう』


そう言い切ると、凪は傷口より心の臓に近い二の腕を切り裂き毒の混じった血を絞り出す。弓月は、今にも乙矢の鼓動が止まりそうで、気が気ではない。他の連中もそうだ。


おゆきを招いたのは乙矢のせい、とはいえ、誰も危険を察知できなかった。結果的に、弓月を守ったのは乙矢だった。


『無理だよ……掠っただけで殺せるって言ってた。女郎を抜けさせてくれるって。乙矢さんと一緒に、何処へでも行けばいいって。あたしを人間として扱ってくれたのは、この人だけだったのに……』

『よせっ!』


その時、おゆきが手にしていたのは……彼女が生まれて初めて髪に挿した、血と毒に染め上げられた玉かんざしであった。