「閣下、間違いなく一矢ではない、と?」

「さて、どうかな。一矢が現れるやも知れぬな」


武藤が階下に姿を消し、天守閣の中は二人になった。

狩野の問いに、閣下と呼ばれる仮面の男は思わせぶりに答える。一矢は死んだと、狩野は聞かされていたが、死体を見たわけではない。だが、生きていれば一年も、許婚や弟の元に姿を見せぬのはおかしい。


「狩野。万が一のため、武藤について参れ。だが、奴には気付かれぬようにな。それと、くれぐれも勇者の血を引かぬ者が、神剣の柄に手を掛けぬよう配慮いたせ。使い方を誤れば自軍を崩壊させることにもなりかねん」

「万に一つ、武藤が鬼となれば……私に抑えられましょうか?」


狩野の血の色をした唇が妖しく歪む。そう尋ねる顔に浮かんでいるのは、恐怖ではなかった。