「なぜ……『白虎』は、おまえをえらんだの」


声が途切れた瞬間、宗次朗の右足が崖の縁を踏み外した。この時、乙矢は何も考えず宗次朗に飛びついていた。


だが、宗次朗は救われることを拒む。


手にした『朱雀』を、差し伸べられた乙矢の右手目掛けて投げつける。


「乙矢殿っ!」


離れた位置にいた弓月の目に、『朱雀』が乙矢の腕を突き刺したように映った。思わず悲鳴を上げ、弓月は乙矢の元に駆けつける。


「乙矢殿! ――大丈夫でございますか、すぐに『朱雀』を」

「クッ!」


乙矢は右腕を押さえて呻いていた。剣は掌を貫いている。柄に手を掛けようとした弓月を、慌てて乙矢が制し、自ら引き抜いた。


「だい……じょうぶだ。でも、宗次朗さんが落ちた――」

「乙矢殿のせいではございません。皆実家が如何に不遇な扱いを受けたからと言って、神剣に選ばれながら……あの方は私怨をはらそうとなさった。神剣に隙を見せれば『鬼』となるはずが、『朱雀』はそれでも宗次朗殿を主としたのです。危険を孕んだ剣だからこそ、警戒せざるを得なかった。同情はしますが、あの方の怒りが正当であったとは、私には思いません」