一矢との戦闘が繰り広げられた場所から僅かに東――ちょうど弓月らが、蚩尤軍兵士の一団と目した野営地に乙矢はいた。

随所に天幕が張られ、『朱雀の鬼』に斬られた者たちが運び込まれる。そこには凪や一矢を診る為に、津山城下から派遣された医師もいた。

しかし、予想外の怪我人にてんやわんやの騒ぎだ。


そんな中、最優先で乙矢の手当てがされる。


「そうですか……『朱雀の主』まで現れるとは」


さすがの凪も、弓月が攫われたとあっては言葉も少ない。顔色の悪さは出血のせいだけではなさそうだ。

彼自身、此度の一件が、願わくは伝説が絡んだ騒動でないことを祈っていた。幕府や政治の思惑に、神剣が利用されたに過ぎないと思いたかったのだ。

しかし、そうはいかなかった。


「でも、どうして姫さまを? 乙矢さまは戦うと言ってるのに」


いつの間にか、弥太吉の中で乙矢は敬称付きに昇格したらしい。


「皆実の宗次朗どのは、我々の周囲を徘徊していて気付いたのでしょう。乙矢どのを本気にさせるためには、弓月どのが必要だ、と」

「俺も行くからな! 第一、お前だけじゃ手綱も満足に捌けまい」


と言いつつも、新蔵もいい加減傷だらけだ。狩野に斬られた背中の傷も、一矢に痛めつけられた関節も悲鳴を上げている。