これまでの乙矢なら――目を伏せて『俺のせいだ』とうつむくことしかできなかっただろう。

それは彼の美点であり、欠点だった。今も心の中では自らを責めている。

だが……乙矢はしっかりと顔を上げ、一矢を正面から見据えて言った。


「一矢、挑発は無駄だ。俺は二度とお前から逃げない。お前が鬼になったのは俺のせいじゃない! 俺が死んでも『白虎』はお前を選ばない! 一矢、いい加減、目ぇ覚ませ!」


誰の目にも勝負はついていた。もちろん、一矢自身もわかっている。


「私が、お前に敗れる時は……死ぬ時だ!」


一矢は小さな声で呟いた。

そのまま『白虎』を避け、後ろに飛ぶ。そして、手近な刀を掴み逆手に持ち替え――自らの腹に突き立てた。

刀身を伝い鮮血が流れ落ちる。すぐさま引き抜き、次は喉元を切り裂こうと、血塗れの刃を首に押し当てた。


「よせ、一矢っ! やめてくれ!」

「いかん! 乙矢どのっ!」


咄嗟に警戒を解き、乙矢は一矢に飛びついた。

しかし、それに凪の声が重なる。凪には一矢の動作も表情もわからない。だが彼の気配は、これまでとまるで変わってはいなかった。


一矢の手を止めようと乙矢が近寄った瞬間、刃先は乙矢に向かう。

それは吸い込まれるように乙矢の右太腿を貫き――刃は肉に食い込んだ。