頭に血の昇った新蔵は、乙矢の制止も聞かず、憤怒の形相で一矢に斬りかかる。だが肝心な所で、正三が心配していた悪い癖が出てしまう。冷静さを欠いた大味な剣捌きでは、一矢に掠ることもできず……。

てきめんに右腕を取られ、肘を返された瞬間、新蔵は地面にうつ伏せに倒されていた。それは乙矢が操るのと同じ、無刀術の技。

刹那、一矢は脇差を抜き、新蔵の首筋に当てた。

新蔵の太い首に、赤い直線が入る。そのまま、脇差の峰に膝を乗せたら……神剣の鬼でもなければ、二度と立ち上がることはできないだろう。


「人質が必要なら私がなります。――新蔵を放しなさい」


そう言って、弓月が一歩前に出た。


「いけません、弓月様……俺は破門された身です。どうか、俺のことなど……」


肘を逆に決められた状態では、身動きが取れない。

一矢は無表情で、とても力を籠めているようには見えなかった。だが、ほんの少し一矢が体の位置を変えるだけで、新蔵の肘は関節から砕かれることは間違いない。

それがわかるだけに……乙矢は尚更、動くことができなかった。


「馬鹿を申すな。新蔵、お前は遊馬一門の剣士です。この男の策略に乗ったというなら、私も同じ。軽々しく破門など口にしたために、お前を追い込んでしまった。許して下さい。だが、新蔵……お前が無事で、本当に良かった」


窮地には違いない。だが、弓月の言葉と笑顔に、新蔵の胸は潰れそうなほど苦しくなる。悪夢のような一夜の出来事が脳裏に浮かぶ。新蔵は、自由になる左手で地面を掻き毟り、この地方独特の目が荒く硬い赤土を握り締める。


「人質? そんなものは要らぬ」
 

一矢の求めるものは、弓月の思惑とは反していた。そのまま乙矢に向き直り、呪詛のような言葉を吐く。


「やはり、父上は貴様にも無刀術を授けておったのだな。忌々しい!」