「一矢さまの間者が……なぜこんな場所に?」

「間者? それはどういう意味だ、弥太! お前はこの男を知っているのかっ?」


聞き捨てならない言葉に、即座に長瀬が反応する。

だが、弥太吉は虚ろな表情のまま、独り言のように恐ろしいことを口にした。


「昨日の夕刻、一矢さまはこいつと話してた。乙矢が……神剣を手に里を襲った、と。でも、織田さんや新蔵さんがいるから……遊馬の剣士は鬼に負けたりしないって」

「お前、知っていたのですか? 知っていてどうして私に言わないのです!」


弓月のためだった。そう一矢に言われたからだ。


「姫さまのためだって! 一矢さまは勇者さまだから。おいらは、勇者さまの言いつけを守っただけだ。間違ってない! おいらは間違ってなんか」


敬愛する弓月に、悲鳴のような声で責められ、弥太吉の心は粉砕寸前だ。

弥太吉は『勇者』を連呼した。もはやそれしか、少年に縋るものはなかった。



「勇者か……ははははっ! 愉快、愉快よの。その通り、乙矢は神剣を抜いた。そして、私の腕を切ったのだ! 里……そう、神剣の鬼は確かに里を襲い、遊馬の剣士を殺した。――いや、神剣などであるものか! あれは鬼の剣に過ぎん。手にした者は皆、鬼になるのだ。ふふふふ……そうだ、いいことを教えてやろう。東国を襲った仮面の男、あの方の正体が知りたくはないか?」


狩野は、俄には信じられない内容の言葉を叫び続けた。