『よろしい。では、桐原新蔵、そちに命ずる。奪われた神剣と裏切り者である爾志乙矢の首を、私の前に持って参れ』


あの時、一矢は自分と同じ顔を持つ乙矢の首だけを望んだ。


『く、首……で、ございますか?』


あまりに荒唐無稽な命令に、新蔵は咄嗟に理解できなかったほどだ。空耳かと思い、質問を繰り返すと、一矢は間違いなく同じ内容の言葉を口にした。


『持って参るのは首だけでよい。わかるな』

『あの、それでは乙矢が死んでしまうと思うのですが』


傍から見れば、随分間抜けな返答だろう。だが、新蔵は真剣だ。乙矢憎しの思いはあったが、いざ殺せと言われたら、その熱は急速に冷めていく。


『それは殺せ、との思し召しですか? いくら裏切り者とはいえ、実の弟君ではありませんか? それに、まだ本当に奴が盗んだとは……』


その瞬間、新蔵の、この時代にしては珍しく短めに刈られた髪を、一矢は左手で鷲づかみにした。そのまま、グイと顔を突き合わせる。

一矢の眼はじっと新蔵の双眸を睨んでいた。


『新蔵――奴はおぬしの崇める弓月殿から大義と貞操観念を奪い、何処にでもいる、ただおなごに変えたのだぞ。口惜しくはないか?』