「織田さん。奴はやっぱり裏切り者だったんです。『白虎』を盗んだのも奴だったんですよ。今も、蚩尤軍に通じているに決まってる。『青龍』を手に、奴は連中の元に逃げ込んだんだ!」

「覚えているか? 『刀を取って戦わないと生きる価値もないのか?』――初めて会った夜に奴はそう言った。弱い人間は、刃向かっても腹を見せても、どのみち殺される、と。彼は自分の弱さを知っていて、敢えて、腹を見せることを選んだ。その乙矢殿が、震える手で剣を握り、襲い掛かる敵に、頼むから逃げてくれと言いながら斬った。――お伺いしますが、長瀬殿。あなたは、敵を斬ることに躊躇いはありますか?」

「いや、そのようなものはない!……それが、我らの役目だ」


当然のように長瀬は答える。


「そうです。ひとりで五人斬り、十人の敵を殺せば、それは我らにとって名誉なこと。――だが、乙矢殿は違う。震えるほどの恐怖を抱え、それでも尚、丸腰で鬼と化した私の前に立ちました。それも、私を倒すためではなく、救うために。私は乙矢殿ほど強い精神力の持ち主は知らぬ。彼の心は計り知れぬほど器が広く、底知れぬ優しさを秘めています」


そんな正三の言葉に、弓月は胸の底から熱いものが込み上げて来る。即座に同意したかったが、そんな彼女を阻むように、辺りに嘲笑が響く。

それは、一矢であった。


「なるほど……我が命を救ってくれた恩人、というわけか。――たわけ者がっ! 一度は鬼に身を堕とし、宗主の姫君に斬りかかった貴様の言葉に耳を貸せるか!」

「お待ちください。正三は我らを救うため、青龍を抜いたのです。それを」


正三を擁護する弓月の言葉を、一矢は簡単に制した。