乙矢には、恐怖を感じる余裕すらない。

なぜなら、神剣を手に『鬼』は獲物を乙矢に定め、狂ったように襲い掛かってきた。

必死で逃げるが、乙矢の足元には里人の屍骸が転がり、動きがままならない。逃げようにも背後の柵は高過ぎて、乗り越える前に餌食になりそうだ。

乙矢はたちどころに追い詰められた。


「くそったれ!!」


汚い言葉を吐き捨てると、乙矢は腹を括った。偽物の神剣を、壊れかけた鞘から抜き去る。

最早、芝居どころではない。

流派も何もなく、がむしゃらに襲ってくる鬼の剣をかわした。

避ける間もなく、剣を合わした瞬間……耳をつんざくような音を立て、偽物に相応しく真っ二つに叩き折られる。