弓月を殺そうと、男は上段から斬りかかる。

それは緩慢な動きだ。余裕でかわし、攻撃に転じようとした。ところが、反して、返す刀は恐ろしく素早い。太刀筋はまるででたらめで、攻撃の拍子も狂いまくっている。

普通の人間が、そんな動きをすれば、骨や筋肉が耐えられるはずがない。

男は人外の動きで、間髪を入れずに次々と弓月に襲い掛かった。彼女はそれでも、里人を逃がしながら、鬼の剣を紙一重でかわして行く。

その時、弓月がかわした鬼の剣先は、近くにいた女の首を薙ぎ払った。母の首を落とされた幼子が、喉が張り裂けんばかりの泣き声を上げる。

弓月は一瞬気を取られ……しまった! と思った瞬間、血に染まった剣先は、弓月の頭上に振り下ろされた!


弓月の前に影がよぎった。

ガッと剣が組み合う音が聞こえる。彼女の前に立ちはだかったのは、乙矢であった。凪が仕立てた偽りの神剣を、それも抜かずに本物と合わせる。

「弓月殿っ! 無事かっ!」

「乙矢殿……はい、私は大丈夫でございます」


人の血にありつける、寸での所で邪魔をされた。鬼の剣は宿主の身体を借りて、獣のような咆哮を上げる。その雄叫びに、ふたりとも言葉を失った。