「おいおい、そんな怒んなって」

「葵に何した?」

「何もしてねぇよ、まだな」


夏樹さんはふっと鼻で笑いながら、“まだな”を強調した。


「葵ちゃんだっけ?奏人の彼女?」

「……」

「ふーん…なるほどね。俺、その子のこと気に入っちゃったわ」


先輩は夏樹さんの言葉に反応し、握った拳が震え出す。


「…ふざけんなよ?葵に手出したら、わかってんだろうな?」


身体の奥底から絞り出すように言ったその声は、低く掠れていて怒りが込められいた。


「まぁ、今日のところは帰るわ。じゃあね、葵ちゃん!」


夏樹さんはそんな先輩にも怯むことなく、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてその場を後にした。



初めて男の人を怖いと感じ、背筋が凍った。

あの不気味に笑った顔が頭から離れない…


「葵、大丈夫か?」


先輩はさっきとは打って変わって、優しい目に戻っていた。


「先輩…怖かった…怖かったよぉ…」


私は先輩の胸で思いっきり泣いた。