もうひとつの、


雀に見付からないように、燕は目を細めた。



もう何年も前、繁華街にて不良共に絡まれていたところを助けられて以来、雀は李龍娘に対して並々ならぬ憧憬の念を抱いている。

それはもう、三年生の浦沢薊から龍娘の隠し撮りポスターを譲って貰い部屋に貼っている程に。

龍娘本人は恐らく何も憶えていないのだろうが、雀にとっては大事な思い出だ。






「しかし安心しろ。“お前の剣”で闘うんだ、無様に負けて堪るか!」



燕は寝返りを打って、雀の肩口から僅かに覗く昧朱雀の柄を見据える。

眼差しに微かな冷嘲を孕んで。



彼女は勝利への執念というものが大きく欠落している。

そういう意味では、龍娘に憧れて修行を頑張るようになったのはいい傾向だと言えるだろうが。

なんにしても、いずれ彼女の無欲さが命取りになる日が来る。



表現しようのない虚無感に苛まれ、思わず彼は固く目を閉じた。

そのまま意識が遠退く。



いつの間にか寝息を立て始めた少年に、雀は困ったように微笑んで部屋を後にした。



「強くなるさ、お前よりきっと――」



揺らめく長髪が一瞬、緋色に煌めいた。






【終】