「ねぇ、ここあ」
「…ん?」
彼女は飲んでいたレモンティーをテーブルに置き、視線を道行く人からあたしに移した。
「あたしね、何も感じないの。人間の感情が抜け落ちちゃったみたい」
「………」
「虹を見ても、夕焼けを見ても、何とも思わないんだ。ああ、虹だ、夕焼けだ…そう脳が認識するだけで綺麗って思えないんだ」
おかしいよね…って笑えばここあの可愛い顔が歪む。
きっと上手く笑えてないんだな、あたし。
昔は作り笑いなんて余裕だったのに。
この何も映らない瞳なんていっそ無くなれば良いのに。
「亜里沙……あんたの目には何が映ってる?」
「………ここあだよ」
「じゃぁ私に色は…、ある?」
「………」
ごめん。やっぱりあたし、色の無い世界ではダメかもしれない。
「…あるよ」
「色鮮やかに?」
「……薄ぼんやりと」
彼女はそれ以上口を開こうとしなかった。
「…人間の感情が…」
「………」
「人の感情が無くなったのに、何でまだ残ってるんだろうね。
……あたしまだ、彼が愛しいの」
あたしの中に残るたった一つの感情。
あたしまだ、楓を愛してるの。
一番憎くて、一番消えてほしいこの感情だけがあたしの中に渦巻くんだ。
彼をあんなにも傷付けて
彼にあんなにも傷付けられたのに。
まだ……忘れられないあたしはしつこい奴なのかな?


