「妃崎」
「……ぁ、何」
いきなりかけられた声にドキッ、と心臓が派手な音を立てて飛び跳ねた。
紅潮する顔を気付かぬフリをして、期待の入り混じった視線を向ける。
「行かないの?」
「…ぁ、あぁ…」
でも返ってきたのは、無表情の中の冷たい視線だけ。
心の痛みを隠すように、じゃあね…と微笑んでリビングを出ていく。
そして、静かに玄関の扉も閉めた。
玄関までの送り迎えも無くなったなあ……
寂しくないといえば嘘になる。
でも、これが本来あるべき関係だったのかもしれない。
冷たい風が頬を突き抜けて行く。
まだ風は冷たいのに、暦は3月を示していた。
もうすぐ春が来る。
この“恋”という名の花は咲くのだろうか。
それとも、蕾のまま、咲くことのないまま、落ちるのだろうか。