ふて腐れても決まったものは決まったもの。しかも相手は、五大国のうちの一つである静国の皇子。
 今更、彼女が断われば国にとっての損害は計り知れない。最悪、静国との繋がりを断ち切られかねない。

 そうなれば、他国に蹂躙されるとも限らない。むしろ、朱国のような国ともなれば、静国のような大国の後ろ盾がなければ、そうなることは免れないだろう。


 朱国の国民の為にも彼女には、婚約に関する決定権はないのだ。むしろ、国民のためを思うなら、これは喜んで受け取るべきなのだが。
 だが、そこは感情がついていかない。頭は分かっていても、受けつけないのだ。

 それに、王への憤りも治まらない。
 大好きな国を離れなくてはいけない寂しさと、不安がない交ぜになる。そして、それが苛々の原因の一部ともなっているのだ。


 そんな橙妃を、少しハラハラと見守る侍女たち。彼女たちは、橙妃の様子に何が起きているかまでは、理解できないものの、尋常ではない苛立ち方にただ驚くばかりだ。

「橙妃様……?」

「申し訳ないんだけど、一旦、全員出ていってくれない? 五分で済むわ」

 侍女たちは少し渋った後、全員、部屋から一旦出て行った。

 橙妃は全員が出て行ったのを確認して、机の上にあった果物ナイフを掴み取む。
 そして、そのまま姿見の前に向かうと、片手にナイフ、片手に自分の橙色の髪を一纏めに掴んだ。
 鏡の中の自分を見て一つ息を大きく吐くと、右手に持ったナイフを首の後ろへ持って行く。

 そのまま、勢いに任せ、長かった髪をザクザクと切ってしまった。

 パラパラと肩に落ちる橙色の髪を、手で払いのけ、彼女はしばらく、自分の姿を見つめる。
 短くなった髪は重さを失い、四方八方、思うままの方向を向いている。


「よしっ」

 気合いを入れるように両頬を叩くと、扉に向かった。