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 朱国は塗料の原料がよく採れる国で、国中で鮮やかな色が目を引いた国でもある。そのため、「色彩の国」とも呼ばれることがあった。

 といっても、朱国は比較的田舎で、国自体も大きくはない。国民も採掘か耕作を主な仕事にしている者が多い。

 色彩の国と呼ばれる由縁は、そんな国民の着用する服にもある。
 誰もが目に鮮やかな色の服を着ている。黄色、緑、赤、青その他様々な色彩が目を楽しませてくれるのだ。


 そんな朱国の皇女である橙妃(キヒ)は、今、怒っていた。
 前方を睨みつける目に、炎が宿りそうなほどに怒っていた。
 怒りすぎて手が震えてしまうほど怒っていた。

「訳わからない! ああもう、腹の立つ!」

 なぜ、彼女がここまでにご立腹かというと、その理由はつい先程、彼女の父であるこの国の王から「あること」を伝えられたことにある。
 その事実を伝えられた橙妃は、これまでにないくらい激怒し、今現在自室に篭っているのだ。


 伝えられたこと。それは婚約成立、という短くも衝撃的な言葉だった。
 その言葉を聞いた橙妃は一瞬ぽかん、と口を開けたまま、父である王を見つめていた。
 が、すぐに現実世界に帰ってきて一連の事情を一瞬で理解すると、父の机をバンッと大きな音を立てて叩く。

 実は、父である朱国王が勝手に、橙妃を静国の花嫁に候補として出していたのだ。

 五大国との繋がりを持ちたいのは勿論分かる。弱小国である朱国が他の国と差別化されるチャンスでもあるのだ。
 しかし、それとこれとは話が違う。問題は、本人の承諾なしに成立した話という点だ。

 父の話曰く、まさか橙妃が選ばれるとは思わなかった、ということだった。ちょっと宝くじが当たればイイナ、くらいの気持ちで送ったとか。


 そんな言い訳のような言葉が、娘の怒りのボルテージを急上昇させたのに気付いても後の祭り。
 橙妃ちゃんごめんね、と上目遣いで謝ってみるが、ゴミを見るような目で冷たく返されてしまった。

 しかし、人生とは何時何処で何が起こるか分かったものではない。


 別に、恋愛婚をすると決めていたわけでも、恋人がいるわけでも、ましてや好きな人がいる訳でもない。
 だが、これはない。あまりにも酷すぎる。しかも、静国の皇子といえば、手が付けられない粗暴者として有名じゃないか。


 橙妃はたっぷり父親を睨みつけた後、私は絶対結婚しない宣言をして、王のいた書斎を飛び出した。