その建物は五大国の内のひとつである静国、そのお膝元にあるにしては実に質素な建物であった。
薄い茶色の屋根に黄土色の壁のその木造建築が、静国警備隊の屯所だと分かる者はまずいないだろう。
唯一、その建物が屯所と分かりそうなことといえば、その建物と同じくすんだ黄土色の制服を着た人間がいるということだけだ。しかし、そんな目立たない庶民的な建物のせいか、周辺の国民には親しまれていたりする。
「李黄さん、お疲れ様です」
最近白のペンキで塗り替えられた扉は、素人が塗ったからか所々に斑があるものの、それもまた良い味を出していると李黄は思う。扉を押し、ひょっこり覗き込むようにして顔を出すと、若い人間が出迎えてくれる。彼は李黄とほぼ同時期にこの職場に配属された男だ。
「理景、お疲れ様ー」
「あの、その男は?」
李黄の帰りを迎えた理景は、引きずられてきた男を指差しながら戸惑いを隠せない。
獣人族の身体能力の高さは彼も充分に知っているつもりだが、それにしたって、ここまで大の男を引きずって連れてくるなんて相当の労力が必要だろう。しかし、上機嫌な目の前の獣人族は疲れの欠片さえ見せていない。それどころか、耳をぴょこぴょこ動かし「よくぞ気づいてくれました!」とでも言いたげな表情で、理景に視線を合わせてくる。
「ふっふーん。たまたまだけど、事件現場に居合わせちゃってねー」
「というと、食い逃げかなにかですか?」
「いや、引ったくり」
「ああ。で、李黄さんが現行犯逮捕したというわけですね。では、被害者はどちらに?」
見当たらない被害者を探して、理景はきょろきょろと目を動かす。どこを見てもそれらしき人物が分からないため、李黄に視線を戻すと微妙に表情が変化していた。言ってしまえば「必死で笑顔(平静)を保とうとしている」ような強張った表情だ。
「あの、李黄さん?」
「ちちち違う、違うんだよ! べ、別に忘れてたとかそんなんじゃなくて、ちょーっと失念してたというか、ひったくられた財布は本人に返したわけだしべつにいいかなーなんて……思ってない! 思ってないよ、全然! これは列記とした事件だもんね、犯罪だもんね!」
ここまで顔を真っ赤にして必死に弁明されると、苦笑いで返さざるを得ない。部下や、身分の違わないものならともかく、李黄は一応「要人」であり、立場上は理景のほうが下ということになる。
「ここは僕が何とかしておくので、李黄さんはいつものようにどうぞ」
「ありがと、理景」
「まったく。次はないですよ?」
明確な答えは返さずに、理景に手を振るとそのまま建物の奥へと姿を消した。

