カモフラージュ

案内係の女性を先頭にあたしと八十島は細い通路を歩く。

室内なのに石畳風の廊下。
左手は壁で右手に襖があり、個室が連なっている。
暗い店内を灯すのは淡いオレンジのフットライトと和紙で出来た間接照明。
小さく琴の音色が聞こえていた。


ここまで来ると大分落ち着きを取り戻していたあたしは、さっきから良いように言いくるめられている八十島に反撃を開始した。


「あんたもドタキャンだよね?」

八十島はこちらを見もしないで、

「うるせぇ」

と蚊の鳴くような声で呟いた。

「彼女、男と逃げたの?」

面白くなって下から顔を覗き見すれば、不機嫌に顔を歪めて

「彼女じゃねぇよ」

と面倒くさそうに言い放つ。


「じゃあ何? 彼女にしたかったとか?」

「そんなんじゃねぇ、ただの友達。フリ頼んだのに彼氏が来るからゴメンだってよ」

「なんだ、つまんない」

「お前とは違うんだよ」

思わぬ反撃にあい、カッとなる。

「なっ! 分かった、あたし帰る」

「ばか、帰んな。冗談だろ」

「いいや、帰る」

「あっそ、金は要らないんだな?」

「うっ……それは」

結局あたしの負けで。

ガックリ項垂れてとぼとぼと八十島の後ろを着いていくと、廊下の一番端の部屋の前。

一段高くなっている入り口で草履を脱ぐと、案内係の女性がそれを近くの下駄箱にしまい、「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げ、廊下を戻って行った。


「中で待ってんのはとんでもねぇ魔王だ。心してかかれよ」

襖に手をかけた八十島が部屋の奥を見つめながら言う。

「魔王……」

ごくりと唾を飲み込む。

「緊張すんな。千秋は隣で笑ってりゃいい」

笑顔を見せる八十島に、コクコクと頷くことしか出来ないあたしは、どうしようもなくチキン。

それでも

「待って」

八十島の曲がったネクタイを直して、肩のホコリを落とす。

小さくOKサインを出せば、八十島は

「行くぞ」

とあたしの手を握る。

緊張からか、目眩がしてくる。

襖の奥から漏れてくる冷気は気のせい?