「来られないだと!? 今更、何言ってるんだ。…………、頼むよ。………イヤ、困るって…………、ちょ、ちょっと待て、もしもし、……もしもし」

すぐ後ろの席に座っていた男が、電話の相手に小声で話していた。


あたしは、電話が切れているのに『もしもし』を連呼する人って本当にいるんだ、なんて思いながら伝票を掴んで立ち上がる。


もしかしてこの人もドタキャン？

そう思ったら、顔を見てみたくなって、通りすぎる時にちらりと横目で盗み見れば、その男も携帯を耳に充てたままあたしを見ていた。

不意に合った視線に驚き、気まずさと気恥ずかしさに慌てて視線を外すと、小走りにレジへ向かう。


流石一流ホテル。コーヒー二杯が驚く程高い。

叔母さん、お金払って行ってよ。
今月はお見合いのせいで出費がかさんでるんだから。

明日から切り詰めた生活しなくちゃだわ。

なんて思いながら、生活感丸出しの古ぼけた財布を開けて、中身の少なさにため息をつき、お金を取り出した時

「これも一緒に」

と、伝票とカードをレジ担当の女性に渡す男。


その男はいつの間にかあたしの横に立ち、クレジットの用紙にサインをすると、茫然とするあたしの手首を取りラウンジを出た。