カモフラージュ

八十島に手を引かれ、一歩、一歩と部屋に近づけば、襖の向こうからは愉しげな笑い声。

完全アウェイは必至。
踏み込むのは魔王の待つ地獄。

頼みの綱は横にいる八十島だけなのに、不安げに深呼吸を繰り返す。


「大丈夫なんだろうね、お前さん。緊張しているようだが?」

あたしは本当に笑ってるだけでいいのかい?


冗談交じりに語りかけても、さっきみたいに軽口を返してこない。


見上げたあたしに八十島が見せたのはひきつった笑顔で、「ダメだ、こりゃ」って感じしかしない。

仕方ない、あたしが気合いを入れてやろう。

着物の裾を少し持ち上げ、鞭のようにしならせた右足で八十島のふくらはぎに蹴りを一発。


「イッテェ! お前なにすんだ」

「あんまりにもビビってるから気合いを入れてあげようと思って」


てへ、なんて舌を出して小首を傾げても

「もっと違う方法があんだろうが。痛ぇよ。これ、確実に折れてるよ」

八十島に怒られた。


むきになったあたしも言い返す。

「立ってるでしょーが。 医者がそんな嘘をついていいんですか?」

「医者だから分かるんです。これは全治3週間、いやひと月はかかるかもな」

「ちっちぇな、あんたちっちゃいよ。この程度でガタガタ言わないでよ。か弱い乙女の蹴りがそんなに痛い訳ないじゃん」 

「は、乙女? 何処にも見当たらないんですけど。えー、乙女の方、近くにいらっしゃいますか?」

「はいはーい。ここにいますよ」

「おかしいな、声は聞こえるけど姿が見えないな」

「その目は節穴かな? こんなに目が悪いってことはヤブ医者だな」

「ヤブじゃねぇよ!」


そんなやり取りがヒートアップして、思わずお互い声が大きくなっているのにも気が付かない。


そんなあたしたちの会話に終止符を打ったのは

「そんな所で何を騒いでいるのです!さっさと入って来なさい!」


魔王の恐るべき声だった。