「えっと、ですね?和宮様・・・」
夕鈴が言葉を濁らせる。
「和宮、非常に言いづらい事だけれど聞いてくれないか?」
和宮は不安になりつつも、うなずいた。
「昨年、第14代将軍徳川家茂殿が襲名なされたのは知っているね?」
宮中どころか、国で知らぬものはほとんどいないという言葉を、和宮は飲み込む。
「家茂殿から朝廷に密書が届いた」
密書とは、公には出来ぬ政治上の願い等が書かれているものである。
「密書には驚くべきことが書かれていたんだ」
「どんな、事・・・?」
「───公武合体派として、われらの血縁者を一人、嫁にさせて欲しいと」
血縁者を一人、嫁にする・・・?
「おそらくその密書を書いたのは井伊直弼であろうが・・・まさか、降嫁を求めてくるとは」
降嫁(こうか)───
それは、位の低い者に嫁ぐ事であり、江戸時代末期ではほとんど成しえない事であった。
たとえ、互いがそれを望んだとしてもその恋はご法度とされ、嫁は家族などを失う事となる。
ゆえに、百姓であっても降嫁が叶う者はいなかった。
「和宮、君はまだ5歳になったばかりの内親王だ。たとえ、相手が将軍であり、同い年であったとしても私は降嫁だけは避けたい」
「じゃあ、私が婚約するのは・・・?」
「君が婚約するのは、降嫁を避けるためだ。幸いな事にもう16歳にもなるのに婚約者のいない友人が一人いたのでね」
まさか───
「君と婚約するのは、歓宮───熾仁親王だ」
この男が、私の、婚約者?
「今日はもう、部屋に戻りなさい。いいね?」
「は、い・・・」
和宮はまだ納得が出来なかったが異母兄であれど、兄の命には逆らえないと、不満気にうなずき、部屋にも戻って行った。

