「私はあなたを歓宮と呼べるほどの者ではございません」
「和宮様!?その様な事は───」
夕鈴が和宮に非難の声を浴びせるが、和宮は全く気にしようとしなかった。
「そう、ですか」
落ち着いた、歓宮の声。
「どうしても、ですか?」
「・・・何を仰りたいのですか」
「あなたの言葉は、妙に硬いようだ」
確かに和宮の声は5歳の幼子とは思えないほどの堅苦しさだった。
「何処でそのような言葉を習ったの?」
「あなたに教えなければならないのですか?」
ぴしゃりと言い放つ和宮に、横でうろたえる夕鈴。
本来ならば二人の立場は逆なのだが、和宮の異常に堅苦しい言葉遣いと礼儀作法は、15歳上の姉───淑子内親王から教えられたものだった。
淑子内親王は、非常に人見知りの激しい人物として知られていた。
そんな姉は、他人を前にすると恥ずかしがってしまうものの、本当は仲良くしたいと思っていたのだろう。
まだ5歳になる和宮に、四季折々の香、趣味の傾向、和歌、礼儀作法など一連のものを叩き込んだのは、淑子内親王だった。
───もっとも、和宮の場合も人見知りが激しく、冷たく当たってしまうだけだったのだが。
「では───」
やっと立ち去ってもらえる、と和宮は思った。
これで不快な思いをさせずに棲むと。
しかし、歓宮は驚くべき行動に出た。
「失礼」
和宮を抱き上げたかと思うと、あっさりと持ち上げたのだ。
「お、降ろしてください!!」
「ほら、あまり暴れると降ろす前に落ちてしまうよ?」
妙な恐怖を覚えつつも、和宮は必死にしがみつく。
歓宮は和宮を持ち上げたまま廊下に出て、ある部屋へと向かった。

