「では───」
煌びやかな贈り物が並ぶなか、和宮は静かに座っていた。
「ここに、有栖川宮熾仁親王様と和宮内親王様が、ご婚約された事を認めます」
嘉永4年───1851年 7月12日
宮中内で、和宮と歓宮の婚約の儀は、厳粛でありつつも華やかに行われた。
5才になったばかりの幼子との婚約に、有栖川一族は少なからずも動揺を見せていた。
がしかし、さすが今上帝と言ったところだろうか。
有栖川一族をあっさりと丸めてしまった。
そして、歓宮の一言も利いたらしい。
『僕は、幼子であろうとも、大切にしますよ。
5才にしても、愛しき我が妻なのですから』
歓宮は女性のいわゆる母性本能という所をくすぐるのに非常に長けているため、有栖川一族の女性は歓宮が黙らせ、あとの男性陣は今上帝が黙らせるという、なんとも言い難い説得方法になっていた。
「和宮様」
歓宮が和宮に声をかける。
「何様で御座いましょう、熾仁親王様」
「その・・・熾仁というのは───」
「いけませんか?」
5才でありながら、今上帝の妹という立場である和宮。
当然ながら、淑子は人見知りの激しいため、人々が尋ねてくることはあまりない。
必然的に和宮に人々は群がり、付け入り、権力を握ろうと画策してくる。
そのような人々を蹴落とす為にも、和宮は凛とし、引けをとらない様子でいなければならなかった。
よって和宮が11歳離れた男性に威圧的になってしまうのは、立場上、仕方のないことだった。
「私は、歓宮と呼んでほしいと言上したはずですが・・・」
「私はそれを認めてはいませんし、呼びたいとも思っておりません」
ぴしゃり、という効果音がつきそうなほど冷たく突き放す和宮。
「とんだお姫様だね」
「何か、ご不備が御座いましたか?」
「冷たいなぁ」
5才の幼子には母性本能が目覚めていないという事を歓宮は感じた。
「そんなに、僕のことが嫌いですか?」
「・・・ご自分に問うてみては如何ですか?」
歓宮は和宮と会話するときに必ず視線を同じ位置に合わせてくる。
人々から見れは、微笑ましい光景だった。

