渡り廊下から別館へ足を踏み入れると、ひやりと温度が下がったように感じた。なぜか
ごく、と小さく喉が鳴る。
一瞬立ち止まり、物音一つしない廊下へぺたぺたと足を進めた。
薄暗い廊下の壁には古く色褪せたポスターがところどころ貼られ、剥がれかけているものもある。
別館は本館と同じく四階建てで、科学室や音楽室、視聴覚室、物置にされた教室や資料室などの教室ばかり。あとは特別教室の第二、第三といった予備的な教室。
特にこの中でも度々使われる科学室などの特別教室は一階に集中していた。
そのため一階以外はどの時間でもほとんど人の影が見当たらない。
特にこんな早い時間は。
ぺたぺたと歩き続け、気づけば本館と繋がっているところから一番離れた場所へ来ていた。行き止まりの壁から右に顔をやれば、ひっそりと階段が続いている。
階段は一段と温度が低い気がしたけど気にせずに昇ってみた。
先ほどと同じように三階もぺたぺた歩き回り、また階段を昇って四階へ行く。
あと一段で四階へ上がるその時、
トン、トン、トン、
という靴音が聞こえた。
思わずビクッと肩が跳ねる。
誰もいるわけないと思っていた私はひどく驚いたわけで。
そろっと上の階段を覗くと、今度は靴音を鳴らした彼女の方が肩を跳ねさせた。ばっちりと視線が合って、気まずい空気が流れる。
上履きの色を見たところ、一つ上級生のようだ。どうしたものかと考えているいたら、彼女から声をかけてきた。
「こんなところでどうしたの?」
「や・・用はないんですけど、なんとなく歩いてただけで」
彼女は、ふっと柔らかく微笑み
「変わってるね」と言った。
「あの、先輩は?」
「んー・・私も同じかな」
「それじゃあ先輩も変わってるってことですね」
「あ、そっか」
二人でくすくすと笑いあう。
「ね、名前なんていうの」
「高部 綾です」
「綾ちゃんか、どういう字?」
「一文字で、糸偏のやつです」
「ああ、分かった」
いつの間にか隣同士で階段に座り、そんな当たり障りのない会話が続く。
意気投合した私たちは、その日から廊下で偶然会ったときに声を掛け合うようになり、しばらくすると遊びに出掛けるまでになった。
私は、先輩が秘密を持っているとも知らずに。
