後輩男子に惚れちゃいました。

「……うあー、寒い」

思わず口に出してしまうほど、寒い空気に包まれて、わたしは外のベンチに座っていた。

琉依も灯先輩も、帰っちゃったしなぁ……。
暇だなぁ……。

日が暮れるのが早い冬。
もう、真っ暗な空にはオリオン座が輝いていた。


その真っ暗な空を見上げた時だった。

「宮間」

突然、後ろから声が落とされた。
それは、聞き慣れた、アイツの声で。

「あ、赤堀!?」

思わず立ち上がって振り向くと、寒さで少し顔を赤くした赤堀が立っていた。

「まだ、帰ってなかったんだ」

そう言うと、赤堀は小さく頷いた。

何だろう。何か、赤堀の様子、変な気がする。
何か、迷ってる?

「あのさ、宮間」

その迷いを振り切るように、赤堀はしっかりと顔を上げて、わたしを呼んだ。


「この次の大会、もし俺がベスト4に入ったら、話がある」




「……え?」

赤堀の表情は、暗い空のせいでよく見えなかった。

「ごめん、それだけ」

赤堀はそう言うと、着けているネックウォーマーを少し上げた。

「本当は一緒に待ってたいんだけど、ごめん、俺もう迎え来てんだ」

「いや、それはいいけど……」


「じゃあ、また明日な」

赤堀はわたしの横を通り過ぎて、スタスタと歩き始めた。


ねぇ、赤堀。

分かんないよ。分からない。

君が何を、考えてるのか、全然、分かんないよ。


呼び止めたい。聞きたい。

わたしのことを、まだ好きでいてくれているのか。

聞きたいよ、赤堀。


でも、声は、何も出なかった。


けれど、赤堀はピタリと足を止めて振り向いた。

「宮間。……あのさ」

赤堀は、また迷うように、言葉を留めた。

「ごめん、なんでもない」



そう言うと、赤堀は、今度こそ振り返らずに歩いていった。




ねぇ、赤堀。

話って、何ですか。

麻田さんの、ことですか。

それは、わたしをまだ好きだっていう意味の話ですか。

それとも。



麻田さんに惹かれてるって話ですか。




ジワリと目に涙が浮かんだ。

ぐっとその涙を拭うと、わたしはもう一度ベンチ座った。

ダメだよ、好きなんだから。アイツを信じないと。

話してくれるって言うんだから、その日までちゃんと待とう。


そう、自分に言い聞かせた時だった。

「宮間」

赤堀とは違う声が、わたしを呼んだ。

顔を上げると、大島君が、そこにいた。

「大島君……まだ、いたんだね」

「何か、嬉しくてさ、まだ、帰りたくなくて」

「大島君、本当に、凄かった、今日」

「うん、ありがとう。…ってそうじゃなくてさ、ごめん。さっきの話、聞いちゃった」

「え?」

「聞くつもりは、なかったんだけど」


大島君の声は余りにも申し訳なく思っているのが伝わってきて、わたしはぶんぶんと首を横に振った。


「ううん、全然、大丈夫。大体、わたし自身、何のことか全然分かってないくらいだし……」

「でも、アイツ、絶対確信犯」

「確信犯?」

「次の大会、去年、俺がベスト8だったの、多分知ってんだよ。だから、対抗してベスト4。

今日、宮間が俺を応援してたことに嫉妬したとか、そんなとこじゃねぇの?」

「あー。嫉妬したかどうかは置いといても、大島君に対抗してるのは有りそう」


「そういえば宮間もうすぐ誕生日だよな」

「うん、よく覚えてたね」

「俺の記憶力なめんなよー。えーっと、今度の、日曜日?」

「うん、そう。赤堀がベスト4入ったら、よく分かんないけど何かの話される、その日曜日」

大島君はわたしの言い方にクスリと笑って、続けた。

「話って何だろうな。良い話かな」


なんの気無しに口に出したのだろう、その言葉が、酷く深く心に刺さった。

「……そんなこと、ないと思うよ」

返した言葉は、さっきとは言葉の調子が違い過ぎた。

暗い気持ちが、直接伝わってしまうような、口調で喋ってしまった。

「え?」

あ、失敗した。また、大島君に、心配させてしまう。

視線をずらしたその時、駐車場にわたしの家の車が入ってきたのが見えた。

「ごめん、大島君、迎え来たから行くね」

「ちょっと待って」

大島君はわたしの右手首を掴んだ。

「……大丈夫?」

痛いほど優しく落とされたその声に、全部、全部、話してしまいたい、と思ってしまった。

「大丈夫じゃないなら、言って」

話してしまいたい。悩みも、不安も全部。

だけど、それでも―――。


「……大丈夫だよ、大島君」


わたしは、赤堀を、信じるよ。



「……大丈夫じゃなくなったら、いつでも、言って」

「……ありがとう」

「じゃあ、気をつけてな」


「うん、大島君もね。また明日」

そう言って、わたしは闇の中を歩き出した。

不安と、信じたいという揺らぎ続ける願望を抱えて。