元の席に戻っても、赤堀と成崎くんはまだ戻って来ていなかった。
さっき応援していた場所を見ても、何人か高原の生徒はいたが、あの2人はいないようだった。
「ごめん、わたしちょっとトイレ行ってくるね」
そう言って、わたしは東側のトイレに向かった。
トイレには誰もいなかった。
トイレを済ませ、ちょっとだけ髪を整えてからトイレを出て、席に戻ろうとしたその時、階段を上ってきた大島君と鉢合わせた。
「あ、宮間」
「大島君、お疲れ様!本当に、凄かった!おめでとう!!」
「ん、ありがと」
ふわりと笑ったその笑顔は、2回戦の緊張なんてこれっぽっちも感じさせなかった。
自信が、あるんだ。それだけ、頑張ってきたんだ、きっと、大島君は。
「あれ、大島君、部長は?」
「俺より先に上あがったはず」
「ふーん、そっか」
「あ、そうだ宮間」
大島君はそう言うと、わたしの耳元に口を寄せた。
「さっき、ありがと」
さっき、と言われても、何のことか一瞬分からなかった。
けれど、大島君の少しだけ赤くなった顔で、なんのことか思い出した。
そう、それはきっと、灯先輩の場所を、大島君に伝えたあの事。
何だか、凄く嬉しくて、笑みが零れた。
わたしも大島君の耳元に口を近づけて、
「ちゃんと、お礼言うんだよ?」
と囁いた。
『誰に』かは敢えて言わなかった。
だって、大島君は、今、わたしにお礼を言ったんだ。
あと、1人しかいないでしょう?
「……頑張る」
そう言った大島君の顔は、さっきよりもまた少し赤く染まってて、少しだけ可愛く見えてしまった。
「そうとなったら早く戻ろ?」
わたしが少し首を傾げて、そういうと、大島君は「ん」と小さく頷いた。
席に戻ると、琉依が一番早くわたしと大島君に気付いた。
「大島君、1回戦突破おめでとう」
琉依がにっこりと笑ってそういうと、大島君はさっきと同じ様に「ありがと」と言って、笑っていた。
琉依の隣に座る灯先輩は、何て言おうか迷ってる様子で、顔を少し赤らめて困っていた。
そんな灯先輩を見て、大島君は
「応援、来てくれて、ありがとうございます。灯先輩」
と普段より少し小さな声でそう言った。
「お、おめでとう、ナオ」
灯先輩が少し突っ掛かりながらそう言うと、大島君は本当に嬉しそうに笑った。多分、誰に、おめでとうって言われた時よりも。
だけど、大島君はすぐに少し呆れたような表情を作った。
それでも、やっぱり顔は赤かったから、作られた表情だと言うのは丸わかりだったけれど。
「ていうか先輩。受験生なんだから勉強してくださいって言いませんでしたっけ俺」
「勉強道具持って来ました!」
灯先輩はそういうと鞄の中から参考書やら、ノートやらを取り出した。
「ほらねー」
誇らしげな表情のまま、灯先輩は続けた。
「正直言うと、今までスッカリ持ってきたことすら忘れてたけど」
「おい」
大島君の鋭いツッコミが入る。
あぁ、でも、そうだな。普段の大島君だったら、絶対に、先輩に「おい」とか言わないのにね。
やっぱり、特別だって、バレバレだよ、大島君。
「いや、だって、ナオがあんなに格好よくプレーしてるの見せられたら、勉強どころじゃないって……」
灯先輩はボソッと吐き捨てた。
「は」
大島君はそのまま、真っ赤になって固まった。
「え?」
灯先輩は何で大島君が固まったのか分からないようで、不思議そうな表情を浮かべていた。
いや、今、結構大胆な発言しましたよね、灯先輩。
そう思って琉依を見ると、琉依は今にも吹き出しそうで、必死に笑いを堪えていた。
あぁ、琉依。凄く分かるよ、その気持ち。この2人可愛すぎて、笑いそう。
「……いや、うん、お世辞でも、そう言ってもらえると、嬉しいです」
大島君は口を左手で覆いながら、真っ赤な顔を少しだけ背けて、必死に言葉を押し出した。
「お世辞じゃないよ、事実だよ?」
やっぱり灯先輩が不思議そうにそう言うと、大島君は目を見開いた。
そして、
「……〜っ!あぁもう!!」
と吐き捨て、
「部長!!俺、先フロア降りる!!」
「え、まだコールされてねぇじゃん!」
部長の返事も無視して、床に置いていたエナメルバッグをもう一度肩に掛けた。
「じゃ、また後で」
大島君は小さな声で、わたしたちにそう告げるとスタスタと歩き出した。
「灯先輩」
呆然としている灯先輩に、琉依がそっと声を掛けた。
すると、灯先輩はハッと我に返り、大島君を呼んだ。
「ナオ!」
大島君なピタリと足を止め、体を半分こちらに向けた。
「2回戦、勝ってね……!」
灯先輩がそう言うと、大島君はさっきの慌てた表情を完全に消し去って、自信で満たされた笑顔で笑った。
「当然」
そう、言って。

