大島君の試合が、始まった。
「ナオの相手、強いんだってね」
灯先輩が無意識のようにポツリと呟いた。
「ナオ?」
思わずわたしが聞き返すと灯先輩は突然、顔を真っ赤にして慌てふためいた。
「あ、えっと、あの、んー……大島君の、あだ名」
本当は色々聞きたかったけれど、試合中だし、取り敢えず止めておくことにしよう。うん。
「強いですよ」
鈴のように綺麗な琉依の声が、静かに耳に滑り込んできた。
「確か、南信1位とかだったかな。多分、大島君、あの人に勝ったことないんじゃないですか」
琉依がそう続けると、灯先輩はこくりと頷いた。
「うん、そう言ってた」
「心配、ですか?」
わたしがそう尋ねると、灯先輩はぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、ナオ……じゃなかった、大島君は、負けないよ。絶対」
やっぱり人前で言うのは恥ずかしいのだろうか。灯先輩は、大島君のあだ名を言い直して、そして、向日葵のように明るい笑顔で、言い切った。
その瞬間。
大島君の綺麗なバックドライブがサイドラインを切った。
それは、それは、余りにも、華麗で、壮大で。
今までに見たことがないほどキレのある、大島君のバックドライブだった。
大島君の顔にも、子供みたいに、無邪気な笑みが浮かぶ。
「「ナイスボール!」」
わたしと琉依の声がピッタリとハモる。
灯先輩はびっくりしたような顔で、動けずにただ、彼を見つめていた。
「……灯先輩?」
わたしが声を掛けると、灯先輩は手すりに掛けた両手をそのままに、その両手の上に顔を伏せた。
「……聞いてないよ、本当に……っ」
「灯先輩、もしかして、大島君の卓球見るの初めてですか?」
琉依がにこにこと笑いながら尋ねると灯先輩は顔を上げずに頷いた。
「格好いいでしょう?」
琉依が笑みを含んだ声でまた尋ねると、灯先輩は少しだけ顔を上げて琉依の瞳を見つめた。
「あ、大丈夫ですよ。わたしの好きな人、大島君じゃないですから」
付け足すように琉依がそう言って笑うと、灯先輩は少しだけホッとしたような表情をして、そして、
「……卓球してる時のナオが、あんなに格好いいなんて、聞いてない」
と、本当に、小さく、か細い声で、呟いた。
わたしと琉依は、顔を見合わせて、小さく吹き出してしまった。
そして、そんな一回では終わらないのが、高原のエース、大島直人だった。
フォアドライブが、スマッシュが、そして、綺麗なサーブまでも、尽く相手のコートを翔けていった。
「……大島先輩、すっげぇ」
下の通路で、誰かがそう呟いたのが聞こえた。
大島君の最後のフォアドライブは、相手のコートを駆け抜け、相手のラケットに触れさせもしないまま、コン、という軽い音を立てて、床に落ちた。
大島君が、左手でガッツポーズをした瞬間、ギャラリーにいる高原中のメンバーから大きな歓声が上がった。
「3-0で、大島君の、勝ち」
琉依の言葉も、驚きで揺れていた。
「え、あの、大島君の相手の人、南信だかのチャンピオンじゃなかったっけ……」
わたしの声も、余りの衝撃で震えが隠せていなかった。
琉依は、わたしの言葉にゆっくりと頷く。
ただ、灯先輩は、大島君に向かって、満面の笑みと共にグーにした手を突き出していた。
真っ直ぐに、真っ直ぐに。
大島君も、灯先輩に向かって、少しだけ照れくさそうに、拳を出していた。
きっと、2人の間の合図なんだろうな、あれ。
あぁ、いいな。何か、凄く素敵だなぁ。
そう思った時には思わず、
「羨ましいなぁ……灯先輩」
と呟いていた。
琉依もこくこくと首を縦に振る。
そんなわたし達の姿を見て、灯先輩は不思議そうに首を傾げた。
「何言ってるのー。リア充の卯月ちゃんのほうが羨ましいに決まってるでしょー」
灯先輩のその言葉を聞いた途端、わたしと琉依の口から「「え?」」という音が、まるでさっきの応援の時のように綺麗に重なって飛び出した。
「灯先輩、リア充じゃないんですか!?」
「え!?誰と!?」
「大島君とです」
「えぇ!?違うよ!!……ただ、わたしが、一方的に好きなだけ」
後になるほど段々に小さくなる言葉は、灯先輩の心情をリアルに表しているような感じがした。
「ナオが好きなのは、多分まだ、卯月ちゃんだよ」
そんなことない。
そう思ったけれど、寂しそうに目を伏せながら呟いた姿は、なんだかとても切なく見えた。
「あ、でもね、わたし、諦めないよ」
灯先輩はしっかりと顔を上げて、わたしにそう告げた。
「ナオが、好きになってくれるように、頑張る」
灯先輩の真っ直ぐな笑顔は、とても眩しくて、可愛かった。
わたしは、ただ小さく微笑んで、何も言わずに頷いた。
「そろそろ戻りますか」
琉依の呟きに、わたしが「そうだね」と答え、わたし達は元いた席に戻ることにした。
「ナオの相手、強いんだってね」
灯先輩が無意識のようにポツリと呟いた。
「ナオ?」
思わずわたしが聞き返すと灯先輩は突然、顔を真っ赤にして慌てふためいた。
「あ、えっと、あの、んー……大島君の、あだ名」
本当は色々聞きたかったけれど、試合中だし、取り敢えず止めておくことにしよう。うん。
「強いですよ」
鈴のように綺麗な琉依の声が、静かに耳に滑り込んできた。
「確か、南信1位とかだったかな。多分、大島君、あの人に勝ったことないんじゃないですか」
琉依がそう続けると、灯先輩はこくりと頷いた。
「うん、そう言ってた」
「心配、ですか?」
わたしがそう尋ねると、灯先輩はぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、ナオ……じゃなかった、大島君は、負けないよ。絶対」
やっぱり人前で言うのは恥ずかしいのだろうか。灯先輩は、大島君のあだ名を言い直して、そして、向日葵のように明るい笑顔で、言い切った。
その瞬間。
大島君の綺麗なバックドライブがサイドラインを切った。
それは、それは、余りにも、華麗で、壮大で。
今までに見たことがないほどキレのある、大島君のバックドライブだった。
大島君の顔にも、子供みたいに、無邪気な笑みが浮かぶ。
「「ナイスボール!」」
わたしと琉依の声がピッタリとハモる。
灯先輩はびっくりしたような顔で、動けずにただ、彼を見つめていた。
「……灯先輩?」
わたしが声を掛けると、灯先輩は手すりに掛けた両手をそのままに、その両手の上に顔を伏せた。
「……聞いてないよ、本当に……っ」
「灯先輩、もしかして、大島君の卓球見るの初めてですか?」
琉依がにこにこと笑いながら尋ねると灯先輩は顔を上げずに頷いた。
「格好いいでしょう?」
琉依が笑みを含んだ声でまた尋ねると、灯先輩は少しだけ顔を上げて琉依の瞳を見つめた。
「あ、大丈夫ですよ。わたしの好きな人、大島君じゃないですから」
付け足すように琉依がそう言って笑うと、灯先輩は少しだけホッとしたような表情をして、そして、
「……卓球してる時のナオが、あんなに格好いいなんて、聞いてない」
と、本当に、小さく、か細い声で、呟いた。
わたしと琉依は、顔を見合わせて、小さく吹き出してしまった。
そして、そんな一回では終わらないのが、高原のエース、大島直人だった。
フォアドライブが、スマッシュが、そして、綺麗なサーブまでも、尽く相手のコートを翔けていった。
「……大島先輩、すっげぇ」
下の通路で、誰かがそう呟いたのが聞こえた。
大島君の最後のフォアドライブは、相手のコートを駆け抜け、相手のラケットに触れさせもしないまま、コン、という軽い音を立てて、床に落ちた。
大島君が、左手でガッツポーズをした瞬間、ギャラリーにいる高原中のメンバーから大きな歓声が上がった。
「3-0で、大島君の、勝ち」
琉依の言葉も、驚きで揺れていた。
「え、あの、大島君の相手の人、南信だかのチャンピオンじゃなかったっけ……」
わたしの声も、余りの衝撃で震えが隠せていなかった。
琉依は、わたしの言葉にゆっくりと頷く。
ただ、灯先輩は、大島君に向かって、満面の笑みと共にグーにした手を突き出していた。
真っ直ぐに、真っ直ぐに。
大島君も、灯先輩に向かって、少しだけ照れくさそうに、拳を出していた。
きっと、2人の間の合図なんだろうな、あれ。
あぁ、いいな。何か、凄く素敵だなぁ。
そう思った時には思わず、
「羨ましいなぁ……灯先輩」
と呟いていた。
琉依もこくこくと首を縦に振る。
そんなわたし達の姿を見て、灯先輩は不思議そうに首を傾げた。
「何言ってるのー。リア充の卯月ちゃんのほうが羨ましいに決まってるでしょー」
灯先輩のその言葉を聞いた途端、わたしと琉依の口から「「え?」」という音が、まるでさっきの応援の時のように綺麗に重なって飛び出した。
「灯先輩、リア充じゃないんですか!?」
「え!?誰と!?」
「大島君とです」
「えぇ!?違うよ!!……ただ、わたしが、一方的に好きなだけ」
後になるほど段々に小さくなる言葉は、灯先輩の心情をリアルに表しているような感じがした。
「ナオが好きなのは、多分まだ、卯月ちゃんだよ」
そんなことない。
そう思ったけれど、寂しそうに目を伏せながら呟いた姿は、なんだかとても切なく見えた。
「あ、でもね、わたし、諦めないよ」
灯先輩はしっかりと顔を上げて、わたしにそう告げた。
「ナオが、好きになってくれるように、頑張る」
灯先輩の真っ直ぐな笑顔は、とても眩しくて、可愛かった。
わたしは、ただ小さく微笑んで、何も言わずに頷いた。
「そろそろ戻りますか」
琉依の呟きに、わたしが「そうだね」と答え、わたし達は元いた席に戻ることにした。

