大会2日目は個人戦がある。
高原から個人戦に出場するのは大島君だけなので、今日はわたし達2年もギャラリーに上がった。
大島君と、生徒アドバイザーである部長だけがフロアに降りた。
「大島君何処まで行けるかな!?」
「組み合わせ見たところ、正直、1回戦からあんまり当たり良くないんだよね」
テンションの高いわたしの質問と、テンションの低い琉依の返答が、とてもアンバランスに響いた。
「んー、でも、何か、勝てそうな気がする」
「え?」
「今日の大島君、凄くいい感じに集中してる。……多分」
「最後の一言余計だよ卯月さん!!」
琉依の鋭い突っ込みに笑みを零す。
そのままわたしは口を開いた。
「いや、でも、本当に。
集中、してると思うんだ、大島君。
大島君なら、大島君だから、きっと、勝てる。
………多分」
「だから一言余計…「痛…っ!」
琉依が言い終わる前に、わたしの頭に鈍い衝撃が走った。
「……何か言いたいことでもあるんですか赤堀君」
それが後ろに座る赤堀の手刀によるものだと気付くのに時間はかからなかった。
「うわ、君付けとか気持ち悪い」
「赤堀が入部当初はそうだったじゃん!っていうか話聞こうか」
「いや、なんとなく」
「……なんとなくで先輩に手刀喰らわす後輩がいてたまるか」
「ん、俺」
「あー、はいはいそうですね。って、え、何、本当に、なんとなくやっただけなの……?理由なき暴力……?」
わたしが若干凹みながらそう言い返すと、赤堀ひ左隣、つまり琉依の後ろに座っている成崎くんが吹き出した。
「いや、多分それは違いますよ、先輩」
「え?」
成崎くんの言葉を聞いて、赤堀は成崎くんからそっぽを向くように目を逸らしていた。
「つまり、宮間先輩が余りにも『大島先輩』の」
成崎くんの言葉は不自然に途切れた。
「悠也お前ちょっと黙れ」
そう吐き捨てて、赤堀が全力で成崎くんの足を蹴ったから。
「……〜っ!!」
成崎くんは声も出せずに足を押さえていた。
「……成お前本当に怪我したらどーしてくれんだよ」
ようやく、成崎くんがいつもより数段低い声で言葉を押し出すと、赤堀はやっぱりそっぽを向いたまま、
「もし本当にそうなったら、部活辞めるでもパシリになるでも何でもしてやるよ」
と、つっけんどんに言い返していた。
「ちゃんとそうならないように手加減してる癖に、よく言うよな」
成崎くんはそう言って、軽く赤堀の足を蹴り返していた。
……そうか、あれは手加減してたのか。傍から見てる分には全然分かんなかった。
「で、図星だったの、赤堀君?」
琉依がニヤリと笑って赤堀を仰ぐ。
「……平林先輩まで悪ノリするの止めてください」
赤堀は困ったような顔で呟いて、俯いた。
珍しく、少し焦っている赤堀は、何だか、少し可愛かった。
怒られるから絶対に言わないけど。
琉依の前ではちゃんと後輩なんだなぁ……と実感した。けれど、それが羨ましいのか、今で満足なのかは、自分ではよく分からなかった。
「平林先輩、ナイスです。そうだよ、答えろよー」
赤堀と正反対の感想を言ってから、成崎くんは赤堀の顔をのぞき込んだ。
「もう一回蹴られたいわけ」
赤堀はボソッと言い返したけれど、成崎くんは聞こえないフリをしていた。
その時だった。
「あ、成崎と赤堀じゃん」
階段状になっているギャラリーの後ろ側、つまり上の通路からそんな声が響いた。おそらく、他校の一年生だろう。
赤堀はガバッと顔を上げると、
「おー小林!まじさんきゅ、助かった」
そう言って小林くんとやらの方へ階段を駆け上がって言った。
「あー、くっそ、逃げられた……」
成崎くんはそう呟いてから、俺もちょっと行ってきます、と言って赤堀たちの方へ向かっていった。
「惜しかったなぁー」
残念そうに琉依はそう言ったけれど、口元はしっかり笑みを形作っていた。
「琉依面白がってるだけでしょ」
「うん、8割9分くらい!」
「殆どじゃないっすか」
「あとの1割1分は、卯月が、赤堀君に言ってもらいたいかなーと思って」
ニッコリと琉依が笑って言った言葉に、わたしは何も言い返せなかった。
「意味が、分かってないわけじゃないんでしょう?」
続けられた琉依の言葉に、今度は小さく頷いた。
「『大島君、大島君って言うなよ』」
「え?」
「だったかな、言われたことあるのは」
「……嬉しかったでしょ」
「……その時はよく分かってなかったんだけどね。今思ったら凄く嬉しいや」
琉依は、優しく目を細めると、今度は体育館の時計に視線を移した。
「そろそろ試合始まりそうだね」
「え、琉依、今日は、開会式的なの無いの」
「今日はないって言ってたよ」
「左様ですか……」
フロアに視線を移して大島君を探すと、大島君は部長と一緒に、一番西側の列のコートに向かっているようだった。
「あ、ねぇ、琉依。大島君の試合、あそこじゃない?」
わたしが大島君の方向を指差しながら言うと、琉依は、本当だ、と言って立ち上がった。
「ちょっと早いけど行こうか?」
「いい場所取りたいしね」
そんな話をしながら、荷物を置いている席から、大島君を応援しやすい場所へと歩いた。
ちらりと成崎くんと赤堀の方へ視線を送ると、成崎くんと目が合った。
成崎くんは、少しだけ困っているようだった。
……あぁ、そうか。さっきのこと、迷惑だったらどうしようとか思ってるのかな。
確かに、何の関係も無い人にやられたらちよっとイラッと来るけれど、成崎くんと琉依は、ちゃんとわたし達のことを考えてやっていたって分かっているから。
口パクで『ありがと』と言うと、成崎くんにはちゃんと伝わったようで、やっと彼の笑顔が見えた。
ただ、琉依と成崎くんが付き合ったら盛大にやり返してやろうと決意した。多分、そんな日も、そんなに遠くはないだろうから。
前を歩く琉依の背中に視線を戻す。
ただ―――。
さっきのあれは、つまりわたしと赤堀が順風満帆だと思っているからこそ、やったことだと思う。
つまり、それは。
成崎くんは、麻田さんの告白を、知らないから、そう、言えるんだ。
琉依は、赤堀を信じてるから、そう、言ったんだ。
だけど、わたしは。わたしは。
―――まだ何も、言ってくれないアイツを、心の何処かで信じられないんだ。
そのことが小さな小さな棘のようにわたしの胸に刺さった。
高原から個人戦に出場するのは大島君だけなので、今日はわたし達2年もギャラリーに上がった。
大島君と、生徒アドバイザーである部長だけがフロアに降りた。
「大島君何処まで行けるかな!?」
「組み合わせ見たところ、正直、1回戦からあんまり当たり良くないんだよね」
テンションの高いわたしの質問と、テンションの低い琉依の返答が、とてもアンバランスに響いた。
「んー、でも、何か、勝てそうな気がする」
「え?」
「今日の大島君、凄くいい感じに集中してる。……多分」
「最後の一言余計だよ卯月さん!!」
琉依の鋭い突っ込みに笑みを零す。
そのままわたしは口を開いた。
「いや、でも、本当に。
集中、してると思うんだ、大島君。
大島君なら、大島君だから、きっと、勝てる。
………多分」
「だから一言余計…「痛…っ!」
琉依が言い終わる前に、わたしの頭に鈍い衝撃が走った。
「……何か言いたいことでもあるんですか赤堀君」
それが後ろに座る赤堀の手刀によるものだと気付くのに時間はかからなかった。
「うわ、君付けとか気持ち悪い」
「赤堀が入部当初はそうだったじゃん!っていうか話聞こうか」
「いや、なんとなく」
「……なんとなくで先輩に手刀喰らわす後輩がいてたまるか」
「ん、俺」
「あー、はいはいそうですね。って、え、何、本当に、なんとなくやっただけなの……?理由なき暴力……?」
わたしが若干凹みながらそう言い返すと、赤堀ひ左隣、つまり琉依の後ろに座っている成崎くんが吹き出した。
「いや、多分それは違いますよ、先輩」
「え?」
成崎くんの言葉を聞いて、赤堀は成崎くんからそっぽを向くように目を逸らしていた。
「つまり、宮間先輩が余りにも『大島先輩』の」
成崎くんの言葉は不自然に途切れた。
「悠也お前ちょっと黙れ」
そう吐き捨てて、赤堀が全力で成崎くんの足を蹴ったから。
「……〜っ!!」
成崎くんは声も出せずに足を押さえていた。
「……成お前本当に怪我したらどーしてくれんだよ」
ようやく、成崎くんがいつもより数段低い声で言葉を押し出すと、赤堀はやっぱりそっぽを向いたまま、
「もし本当にそうなったら、部活辞めるでもパシリになるでも何でもしてやるよ」
と、つっけんどんに言い返していた。
「ちゃんとそうならないように手加減してる癖に、よく言うよな」
成崎くんはそう言って、軽く赤堀の足を蹴り返していた。
……そうか、あれは手加減してたのか。傍から見てる分には全然分かんなかった。
「で、図星だったの、赤堀君?」
琉依がニヤリと笑って赤堀を仰ぐ。
「……平林先輩まで悪ノリするの止めてください」
赤堀は困ったような顔で呟いて、俯いた。
珍しく、少し焦っている赤堀は、何だか、少し可愛かった。
怒られるから絶対に言わないけど。
琉依の前ではちゃんと後輩なんだなぁ……と実感した。けれど、それが羨ましいのか、今で満足なのかは、自分ではよく分からなかった。
「平林先輩、ナイスです。そうだよ、答えろよー」
赤堀と正反対の感想を言ってから、成崎くんは赤堀の顔をのぞき込んだ。
「もう一回蹴られたいわけ」
赤堀はボソッと言い返したけれど、成崎くんは聞こえないフリをしていた。
その時だった。
「あ、成崎と赤堀じゃん」
階段状になっているギャラリーの後ろ側、つまり上の通路からそんな声が響いた。おそらく、他校の一年生だろう。
赤堀はガバッと顔を上げると、
「おー小林!まじさんきゅ、助かった」
そう言って小林くんとやらの方へ階段を駆け上がって言った。
「あー、くっそ、逃げられた……」
成崎くんはそう呟いてから、俺もちょっと行ってきます、と言って赤堀たちの方へ向かっていった。
「惜しかったなぁー」
残念そうに琉依はそう言ったけれど、口元はしっかり笑みを形作っていた。
「琉依面白がってるだけでしょ」
「うん、8割9分くらい!」
「殆どじゃないっすか」
「あとの1割1分は、卯月が、赤堀君に言ってもらいたいかなーと思って」
ニッコリと琉依が笑って言った言葉に、わたしは何も言い返せなかった。
「意味が、分かってないわけじゃないんでしょう?」
続けられた琉依の言葉に、今度は小さく頷いた。
「『大島君、大島君って言うなよ』」
「え?」
「だったかな、言われたことあるのは」
「……嬉しかったでしょ」
「……その時はよく分かってなかったんだけどね。今思ったら凄く嬉しいや」
琉依は、優しく目を細めると、今度は体育館の時計に視線を移した。
「そろそろ試合始まりそうだね」
「え、琉依、今日は、開会式的なの無いの」
「今日はないって言ってたよ」
「左様ですか……」
フロアに視線を移して大島君を探すと、大島君は部長と一緒に、一番西側の列のコートに向かっているようだった。
「あ、ねぇ、琉依。大島君の試合、あそこじゃない?」
わたしが大島君の方向を指差しながら言うと、琉依は、本当だ、と言って立ち上がった。
「ちょっと早いけど行こうか?」
「いい場所取りたいしね」
そんな話をしながら、荷物を置いている席から、大島君を応援しやすい場所へと歩いた。
ちらりと成崎くんと赤堀の方へ視線を送ると、成崎くんと目が合った。
成崎くんは、少しだけ困っているようだった。
……あぁ、そうか。さっきのこと、迷惑だったらどうしようとか思ってるのかな。
確かに、何の関係も無い人にやられたらちよっとイラッと来るけれど、成崎くんと琉依は、ちゃんとわたし達のことを考えてやっていたって分かっているから。
口パクで『ありがと』と言うと、成崎くんにはちゃんと伝わったようで、やっと彼の笑顔が見えた。
ただ、琉依と成崎くんが付き合ったら盛大にやり返してやろうと決意した。多分、そんな日も、そんなに遠くはないだろうから。
前を歩く琉依の背中に視線を戻す。
ただ―――。
さっきのあれは、つまりわたしと赤堀が順風満帆だと思っているからこそ、やったことだと思う。
つまり、それは。
成崎くんは、麻田さんの告白を、知らないから、そう、言えるんだ。
琉依は、赤堀を信じてるから、そう、言ったんだ。
だけど、わたしは。わたしは。
―――まだ何も、言ってくれないアイツを、心の何処かで信じられないんだ。
そのことが小さな小さな棘のようにわたしの胸に刺さった。

