「でも、今回は気分が悪くはならなかったよ」



あたしは、視線をゆっくりと中村さんに合わせた。



「この歌、亡くなった旦那が好きだったんだよ。昔はよく、歌ってくれと頼まれて……。
今でも、この歌を聞くとあの時のことを思い出すよ」


「そうだったんですか……」



だから昨日、あんなにじっと、大切そうに新聞を見てたのね。



そう思うと、いろいろと納得できる気がした。


昨日の中村さんの表情も。

さっき演奏を始めてから、静かになった中村さんの態度も……。



「前みたいな演奏だったら、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど……。
今回は全力だったみたいだな。優しくて、丁寧で……ちゃんと、心が入ってたよ。
……今のあんたの笑顔にもね」


「ありがとうございます」


「まぁ、下手なことに変わりはないけどね。本物どころか、あたしにも負けてるよ」


「あらっ!それは失礼致しました」



にっこりと微笑んでそう言うと、中村さんは不機嫌そうに鼻で笑った。


……ちょっと失礼じゃない?



肩を落としたあたしを見て、集まってきていた他の利用者さんが口を開いた。



「さっきの、懐かしい歌だね。もう1度弾いてくれないかい? それに合わせて、今度はみんなで歌ってみたいんだ」


「え……?」


「良いじゃん、舞花!私も、みんなで歌ってるの聞いてみたい!」



きらきらした笑顔を向けてきた芽依を見たら、何となく断れない気分になるのはいつものこと。



仕方がないわね……。



「わかりました。じゃあ、いきますね?」



集まった人みんなにくるっと視線を送ってから、あたしはピアノに向き直った。