この男、偽装カレシにつき

「大野センパイ…」


「ちょっと待って。
チエちゃん、今どこ?
何があったの?」



「今――、」


答えようとした瞬間。
上映開始を知らせる館内アナウンスに遮られて我に返った。


言ってどうするつもり?


大野センパイに、橘センパイに振られたことを言ってどうなるの?
同情引いてどうするの?


「チエちゃん?」


「何でもないです!
全然大丈夫なんで、気にしないで下さい!!」


私は無理矢理元気な声を作ってそう言うと、電話を切った。


これ以上あの優しい声を聞いたら、きっと甘えちゃう。


自分がしたことを棚に上げて、橘センパイを悪者にしちゃう。


そんなのダメ。
私に、そんな権利ない。