「…静かにしろ」
耳元で少し不機嫌そうな男の声が聞こえた。
警戒しながらも相手に害意がないことがわかり、冬夜は身体に入れていた力を抜いた。
冬夜が暴れるのをやめると男は拘束を緩め、大声を出すなと言うと口を塞いでいた手を外した。
「…あんた、誰だ」
冬夜は男の顔を見ようと後ろを向こうとするが、今度は顎を捕まれて前を向かされる。
男は冬夜の問いには何も応えない。
しかも何故かそのまましばらく動かなかった。
力では確実に敵わない上に大声を出すわけにもいかない冬夜は、男のされるがままになっていた。
どれくらいそうしていただろうか。
「動くなよ」
おもむろに男が冬夜の怪我をしている側の頬が上に向くように傾けた。
言葉の意味を問おうとしたとき、生暖かくてザラリとした感触が頬を撫でた。
「っ…!」
何をされたのかすぐには理解できなかった。
それよりも、傷の痛みに顔をしかめる。
未だに血の止まっていない頬の傷に男は何度も顔を寄せる。
「離せっ!」
男の腕を振り払おうと再び暴れだすがやはり冬夜の力では抜け出すことは出来ない。
「動くな。……冬夜」
何故この男が自分の名前を知っているのか。
驚きと疑問に冬夜は動きを止めた。

