「ロゼット、この無能が」
女神のような笑顔を浮かべ、ソーンは低くそう吐き出した。
先程彼の名を呼んだ小鳥のような声とは違い、魔王のごとき地を震わす声。
男性――ロゼットこと、ロゼット・ヴィートラングは、その声に固まる。
みるみるうちに顔色が蒼白になった。
そんな彼にツカツカと近寄り、仁王立ちし、無表情に一言、
「椅子」
ロゼットは、黙ってガーデンチェアをソーンの側に持ってくる。
ソーンは結っていた髪をほどき、ドカッと椅子にふんぞり返って座った。
「呑み物」
ロゼットはまた、黙ったままカップに紅茶を淹れ、それをソーンに差し出した。
ソーンは差し出されたカップを乱暴に取ると、躊躇無く中身をロゼットに掛けた。
「熱熱熱ッ!?ちょ、何すんだよ!!」
「すまぬすまぬ、手が滑った」
ケラケラと笑う彼女に、ロゼットは怒りで顔を真っ赤にした。
服の下まで染み込んできた熱い紅茶が肌を刺激する。
おそらく火傷したのだ。痛い。
「あーあ、染みが出来た…つうか、無能って何なんだよ」
文句を言うロゼットを、ソーンはギロリと睨んだ。
「求愛の類いは、全て断れと言った筈だぞロゼット。貴様は、私が不快に思うであろう内容の判断もできぬのか」
「…いや、だってさ、彼同盟国の王子じゃん。しかも先進国の王子じゃん。断れないじゃん」
「断れ。『白薔薇の姫は、貴方のような能無しには興味ないですから』と」
「俺死罪だよねそれ」
「安心するがいい、心配せずともお前の首と体は、きちんと回収してやる」
「助けてはくれないんですかそうですか。相変わらずホント酷いな」
ロゼットは大きく溜め息をつく。
酷いと言われたソーンは、姫らしくない悪人のような笑みを浮かべ彼を見下した。
「お前は酷い扱いをされるのが好きだろうに。だから、未だ私の側に居るのだろう、"赤薔薇の従者"よ」
たいした体力と精神力だな、と皮肉った。
ロゼットはムッと頬を膨らませ、しかし言い返したりはしなかった。
(…何が"白薔薇の姫"だよ…"サディスト姫"の間違いだよな)
内心は、そう毒づいていたが。