結子がその男と出会った、いや、初めて見たのは今から1年ほど前になる。
 店長と配達に行った帰りに「つるや」という食堂に入った時だった。
 男は隣のテーブルに座っていてちょうど結子と対面になる位置にいた。
 その男を見た瞬間に衝撃を感じたのを今も覚えている。脳の中で眠っていたものが突如、目覚めるような感じ。
 それまで、結子には「一目惚れ」という事がどんなことなのか理解できなかった。
 友達が「一目惚れしちゃった」と言っていても「何それ?」と思っていた。
 確かに、男の人を一目見て素敵だなあと思うことはある。
 しかし、それで好きになったり、恋に陥ったりすることがわからなかった。

 でも、あの時は違った。
 これが一目惚れなのか、と初めて思った。
 運命の人に出逢うとインスピレーションで感じるって、聞いたことがあるけど、結子はこれがそうなのかと思った。
 
 その後、結子はその一目惚れした男を見るために毎日のように「つるや」という食堂へ通っていた。
 男はほとんど毎日、つるや食堂に夕食を食べに来ていた。
 つるや食堂は結子の通勤ルートの途中にあった。県道沿いにある木造平屋の古びた食堂には仕事帰りらしい作業服姿の男たちが多かったので、若い女が一人で食事をするには少し気が引けた。

 店に入るとその男が見える席を選んで座った。
 見ているだけで切ない想いがこみ上げてくる。
 なぜ惹かれていくのか、よくわからない。
 名前は何ていうのかしら?
 どんな声しているんだろう?
 仕事は何しているんだろう?