インスピレーション

 記憶もはっきりと戻り、大学で講義を受けたり、実習をしたり、以前と変わらない学生生活を過ごしていた。
(これが私のいた場所なのね?)
 秋の心地よい風が吹き抜ける学内は以前と何も変わらなかった。学生たちが楽しそうに話しながら通り過ぎてゆく。
 一人で歩いていた結子は大きく溜息を吐いた。
「浅井さんに逢いたい」
 いくら浅井のことを想ってもそれは夢の中で出会った架空の男でしかない。そんなことは十分にわかっていた。
 卒業してからは動物病院で働いて犬や猫などのペットの診療をしたいと思っていた。
 でも、今は違った。牛の獣医師になりたいと思うようになっていた。
「浅井さんのような獣医になりたい。もしかしたら、浅井さんに出逢えるかもしれない」
 そんな馬鹿げた期待を抱いていた。
(夢から覚めてもまだ恋をしている)

「そう、そんな夢を見てたの」
 学内の喫茶店で真衣と紅茶を飲みながら自分が意識を失っていた時に見た夢の内容を話した。話していると、夢か現実かの区別がつかなくなった。
「うん。まだ、夢だった気がしないわ」
「三途の川、渡る夢じゃなくてよかったじゃない」
「バカ」
「でも、素敵な夢ね」
「まだ、彼のことが忘れられないの」と結子は窓の外を見ながら言った。
「浅井さん?」
「うん」
「夢の中の人に恋をするなんて、いいなあ」
「え?」
「私もそんな夢が見たいなあ」
「辛いだけよ。逢いたくても逢えないなんて」
「そうね。100%実らない恋だもんね」
 結子は紅茶を飲み干すと言った。
「ああ、辛いわ」
「時が経てば忘れられるって」
「そうかな」